第34話参戦、那須与一

「遅れて申し訳ありません。不肖与一、これより義経様にお味方致しますっ!」

 与一の言葉に、清盛が嗤う。

「ふっふっふ……。那須の男よ。何故に我を裏切る? そやつらに付いても死ぬだけぞ?」

「それはどうでしょうね? あなたのような物の怪に味方しても、私に旨味はないと判断いたしました。それにおのこなら、一旗揚げようとするのが筋とは思いませぬか?」

 お前は女だけどな。とはこの場では言わない。

 清盛は興が乗ったのか、感心したように頷いた。

「ほほう。ならば、そのひ弱な源氏にこそ旨味があると?」

「ええ。九郎様ってば、なんだか放っておけないんですもの。それに何より……物の怪を倒すことに関して、源氏の右に出るものはおりませぬ故」

清盛と与一が睨み合う。そんな緊張感が漂う中、九郎がそっと与一に耳打ちをした。

 瞬間。カチッと、与一から火打石の擦過音が弾けた。一瞬だけ紅蓮の火の粉が舞った。そう思った次の瞬間には、与一は炎揺らめく矢を引き絞っていた。

 紅蓮の矢が放たれる。それは清盛を通り越し、その背後の朱清を無視し――白河の関に吸い込まれるように飛んで行った。

 直後。まるで冗談のように白河の関が炎上した。

 矢が関の柵にぶつかった直後。炎が、うねるように関の柵を伝って燃え広がった。その様子は、まるで植物が根を張る様子をハイスピードカメラで捉えた時のような異常な動きだった。

「な、なんじゃあの燃え広がり方は! まさか、義経。貴様何かしたな!?」

 背後の関と九郎を忙しく交互に見ながら、朱清が叫んだ。

 九郎は、清盛に掴まれた自分の首をさすりながら立ち上がった。

「ああ。予め柵に油を塗らせておいた。ここに来るまでに、何度か建物を燃やす練習はしてきたからな。おかげで、どこに火をつければ上手く燃え上がるか把握済みだ」

「お前最低な奴じゃな!」

「ふん。いずれも平家に与する者だから問題無しだっ!」

 九郎が地面を蹴って跳躍すると、空中で一回転して、奥に控えていた太夫黒に飛び乗った。

「弁慶っ!」

 九郎の掛け声を聞くと、俺は踵を返して背後に控えるもう一頭の馬に乗った。名前は紫電。先日、継信が持ってきた馬だ。

「通すと思っているのか、この我が!」

 清盛が剣を振るい、その巨体からは想像もできないほどの素早さで俺たちとの距離を詰める。

 しかし、そこに与一が弓を放つ。

「ぬぅっ!」

 清盛の動きが止まった。その間に、九郎が清盛の傍を抜けた。

「与一っ! 掴まれ!」

 続いて、俺が弓を放つ与一を引っ張り上げ、馬に乗せる。この時のために、馬の鐙は二人乗り用に変えておいたのだ。

「ああん! 私は九郎様と一緒がいいのにーっ! 巨像はお呼びじゃないのよ!」

「こんな時に何言ってんだお前は!」

 と、口ではぎゃあぎゃあ言う与一だったが、馬に飛び乗るなり弓を構え、俺たちを騎馬から落とそうとする清盛を牽制した。

 俺たちと清盛が交差する。ここが勝負どころだ!

「放てっ! 与一!」

「命令すんじゃないわよデカブツ!」

 与一は悪態をつきながらも、絶妙のタイミングで矢を放った。矢は真っすぐ標的に向かって飛んだ。

清盛ではなく――その背後にいる朱清に向かって。

「なっ――あぐっ!」

 朱清の腕に、坂東独特の大きな矢が突き刺さる。

「むっ――朱清」

 一瞬だけだが、清盛が朱清に注意を向けた。その瞬間を、俺は待っていた。

「こんのやろおおぉぉぉ!」

 持っていた太刀を、俺は全力で清盛目がけてブン投げた。

 太刀はぐるぐると回転しながら、清盛の分厚い胸板へと飛んでいく。

「愚かな! 武器を捨ててどうするつもりだ!」

 それを、清盛は難なく剣で叩き落す。それを見て、俺は笑った。

 両手を振り下ろした清盛の横を、俺の馬が通り過ぎたからだ。

「どうするって、通るんだよ! この白河の関をな!」

 燃え盛る関を前に、俺たちはさらに加速する。

 番卒が棒を持って門の前に立ちはだかる。しかし、その表情は困惑と諦めが支配していた。もう、守る関が燃えているのだ。その時点で、あいつらは俺たちに敗北していた。

「義経殿!」

 俺たちの前を走る九郎の背後に、どこからともなく継信が現れた。継信は持っていたナイフような刃物を数度投擲し、立ちふさがる番卒を倒した。

 番卒は倒れ、門が露わになる。門だけは突破するために油を掛けなかったのか、まだほとんど炎は燃え移っていない。

 おまけに、門も木製だ。馬の突進であれば、おそらく通れる。

「速度を落とすな! 死ぬ気でぶつかれ!」

 九郎が叫ぶ。燃える関の中央。門を、俺たちは突破した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る