今昔転生伝GENJI

おっさん

第1話今昔転生! 名は武蔵

俺こと武田武蔵は、今年最大のピンチを迎えていた。

 明日が日本史の期末テストだというのに、勉強を一切していなかったのだ。

「ぬぅ。日本史は面倒だ。覚えることがいっぱいで、手を付ける気が起らん」

 日本史の教科書を開いたまま、俺は五条大橋を歩いていた。

 下には鴨川が流れ、このまま伏見の街に続いている。川のせせらぎが、唯一心に涼しさを運んでくれる。

 一方空では、容赦なく照り付ける夏の陽射しが、俺の坊主頭を容赦なく茹蛸に変えようとしていた。

今日は棒術の稽古の日で、俺は市中の総合体育館を目指している。普段ならバスを使うが、今日は日曜で観光客が市バス内にひしめき合っているので、こうして歩いて目的地まで向かっているのだが……。

「くぁぁっ。眠い。こんな文字の羅列なんぞ覚えられねえっつうの」

 大きな欠伸をして、俺は教科書を睨みつけた。

 一一五九年、平治の乱。源義朝率いる源氏と、平清盛率いる平氏の戦いは平氏が勝利し、初めて武士が日本を支配するようになった――

「ええっと、平氏を倒した源義経は、壇ノ浦の戦いの後、兄頼朝の許しなく朝廷から官位を得た。それがきっかけで頼朝と不仲になり、やがて衣川で自決する……。ああもう、んなの覚えらんねえよ」

 まったく腹が立つ。そんなことを思ってぶすーっと歩いていると、反対から歩いてくるサラリーマンの肩が、ドンと俺の肘にぶつかった。

「んぁ?」

「ひぃっ!? す、すみません!」

 サラリーマンは、日本史に苛立っていた俺の視線が怖かったのか、小走りで去っていった。

 普通なら異常とも取れるリアクションにも、俺は動じない。いつものことだ。

俺の身長は一九〇センチもある。それに、眉は太いし目つきも悪く肩幅も広い。以前、クラスメイトから金剛力士像が歩いてるみたいだと言われたこともある。

 そんな奴と肩がぶつかったんだ。ビビるのも無理はない。

 金剛力士像みたいな俺に寄ってくるのは、勘違いした不良と職質をしてくる警官くらいで、同年代の女子はおろか男すら話しかけてこようとしない。

「……はぁ。なんか萎えるわ」

 俺はきっと、生まれた時代を間違えたのだろう。

 武術だけしか能の無い俺はきっと、戦国時代にでも生まれていればよかったのだ。

 嫌なことづくしでテンションが下がりつつけてしまう。もう、いっそのことこのまま五条大橋の下を流れる鴨川に落ちて、そのまま泥の中で化石になりたい。

 もう一度、大きなため息を吐こうとした、その時。

――頼む、助けてくれ。未来のワシよ――

「うおっ!?」

突如。体が浮遊感を感じた。

目の前の光景が。古き良き鴨川の流れと、ビルがところどころ生えた現代チックな街並みが、視界の上の方にサッと消えた。

残ったのは、黒く塗りつぶされた暗闇と――

「うおおおおおおおおああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 自分の情けない大声と鴨川のせせらぎだけだった。

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