第40話混ぜろ、源氏の血
チラッと秀衡を見る。もしかして、あの菩薩顔が怒りに狂って――
「……うむ。美少女二人が生足を晒しての揉み合い。実に眼福じゃ」
……ただのスケベジジイだった。しかも、俺のことは眼中にもないらしい。
秀衡がほっこりしている隙に、俺たちは元いた場所に座り直す。
そして、九郎が代表して謝罪を述べる。
「とんだご無礼を……処分は如何様にも――」
「うむ。では儂の子を産んでくれ」
ブレねえなこのじいさん。
「そ、それ以外で頼みます」
ほら九郎も困惑してるじゃねえか。
秀衡は満足そうに「美少女の困り顔はいつ見ても愛いのう」と言ってから、扇をそよっと扇いだ。
「まあ、無理じゃろうな。しかし、儂からすれば平家に盾突けというお主の要望も同じくらい無理な話なんじゃ。美少女の願いを聞いてやれず、秀衡一生の不覚」
「いや、何度も言いますがおれは男なのですが――」
めそめそと泣くフリをする秀衡に対して、九郎はもう混乱の極致にあるようだ。
仕方ねえ。俺が代わりに訊いてやるか。
「なあ、秀衡のじいさん。あんたの真の目的はなんだ? まさか、九郎に一目惚れしたからこんな酔狂なことを言っているわけじゃねえだろ?」
俺が喋ると、継信が「べ、弁慶殿! こ、言葉遣いというものが!」と焦りだした。
秀衡は俺を一瞥した後、扇を持っていない左手で自分の顎を撫でた。
「……鋭いな、僧兵よ。その通り。儂の目的は九郎ではなく、九郎の中に流れる――源氏の血じゃ」
「源氏の血?」
「そうじゃ。儂が都でなんと呼ばれておるか知っておるか? 夷狄(いてき)と呼んでおるのじゃ。奴らは、儂が藤原の姓を名乗っているだけの蛮族であると見抜いておる。儂は、それが死ぬほど嫌でのう。この奥州を支配しても、どれだけの金や馬を献上しても、所詮は貴族ですらない蛮族だと思われるのが嫌なんじゃ。故に、源氏の血が――貴族の血がほしい」
秀衡は、ぱちんと扇を閉じた。
「のう、九郎。お前が儂の子を産めば、晴れて奥州藤原氏と源氏は血縁関係じゃ。そうすれば、儂も親戚の一族に力を貸すこともできる。どうじゃ?」
「どうといわれても……何度も言いますが、おれは男で――」
「では、儂の姫をやろう。そして、子を産んではくれぬか?」
「そ、そうは言われましても……すぐには――」
九郎は秀衡に迫られ、もうたじたじになっている。
なんだか、その様子に腹の中がムカッとした。
俺は立ち上がると、秀衡と九郎の間に割って入った。
「おい、九郎が嫌がってるじゃねえか。あんたの口説き方ってのは、相手のことも考えずにぐいぐい迫る傍迷惑なモンなのかよ」
「べ、弁慶……」九郎後ろでが声を漏らす。
すると秀衡の顔から笑みが消え、うすらと目が開かれる。
正直言って怖い。だけどな、前に出た以上俺も引き下がるわけにはいかねえんだよ。
立ち上がった俺が、上段にいる秀衡を見下ろす。「べ、弁慶殿!」と継信の動揺の声が横から他人事のように聞こえた。
秀衡は俺を一瞬だけ見上げると、視線を再び元に戻した。
「……なるほどのう。お主も儂も同じ気持ちであるのに、儂の行動が理解できんか」
「はあ? 俺は別に九郎に惚れてなんかいねえぞ? 源家の血もいらねえ」
「そういうことではない。だがまあ、ここでこれ以上話すのも無粋じゃな。もうよい。この話は九郎の気持ちの整理がついてからとする。下がれ僧兵」
意味がよく分からんが、秀衡はこれ以上九郎を口説こうとするのはやめるらしい。
俺は元の場所に戻って、再び秀衡に頭を下げた。
秀衡は一呼吸置いて、再び話し出した。
「いろいろ言ったが、九郎。儂はお主を買っておる。平家が追及してこようとも、しらばっくれることくらいはできる。しばらくここで英気を養うがいい」
「……はっ。ありがとうございます」
「あと、いつでも儂の子を産む気になったらここへ来い。儂、超待っとるぞ」
「……は、はい」
満面の笑みで言う秀衡は、まったく懲りていないようだった。
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