第18話御曹司、迷子

暖かい春風が、遠く霞むほど広い平野の中を通り抜けていく。青々と茂る草木は、風に靡いてざわざわと音を立て、まさに穏やかと言うに相応しい昼下がりだ。

 だが、俺たち義経家臣団の胸中は決して穏やかではなかった。

「……おい、弁慶」

 怒気の籠った九郎の声が背後から聞こえた。それは、俺のこの時代での名だ。

「……」

 無論、無視する。俺の名前は武田武蔵だ。何度も言っているのに言い直さねえなら、こうして無視してやるまでだ。

 ただでさえ、度重なるストレスで暴れ出す寸前なのだ。九郎の相手をしている余裕はない。

「……聞こえておらぬのか弁慶! 無視する奴はこうだ! ――むむっ」

 ――来る! そう気づいた瞬間。俺は即座に振り返って、杖代わりに持っていた木の棒で九郎の脛を思い切りぶっ叩いてやった。

「ひあっ!? あっ! ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ぐほっ!? うご! うごおおおおぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 ざまあみろ! お前が力む時は、大抵念じてる時なん――って、いてえええええ!

 二人して、田んぼの畦道に倒れて、ごろごろとのた打ち回る。

「あぁぁぁ――な、何をするのだ弁慶! いい加減にしろ! もう何度目だと思っておるのだ! いい加減、主の脛を棒で殴るのは止めろ!」

「うるせえ! お前こそ、そうやってなんでも念じて俺を懲らしめようとするんじゃねえ! 俺は孫悟空か!」

「似たようなものではないか! もう怒ったぞ! こうなったらとことんやってやる! うむむ――!」

「おおいいぜ! こっちも鬱憤が溜まってんだ! 容赦しねえぞ!」

 そして再び、九郎の念と俺の脛殴打が同時に決まる。

「ひっ――あああああああぁぁぁあぁぁあぁっ!」

「ぐっ――ぐっほおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!」

 不毛なケンカを繰り広げながら、俺と九郎は再びその場に倒れて悶絶する。

 鏡の宿を出てから一週間後、俺と九郎は……迷子になっていた。

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