第17話源氏の初勝利
朱清の笑い声が、歯噛みする俺に降り注ぐ。
ああ。お前から見たら、今の俺はさぞかし無様だろうよ。
何とか立ち上がって、俺は十数メートル先の馬に跨る朱清を睨み上げた。
「……確かに、命運は尽きた。後は、運に頼るだけだ」
「何を言うておる? そのような強がりを言っておる暇があるなら、命乞いの一つでもしてみるがよい。義経が駆けつけるまで、無様に泣いて詫びてみ――」
「弁慶! これを使え!」
朱清の言葉が、突如九郎の声で遮られる。そして、空を切る音。
俺の目の前に、一本の薙刀が突き刺さった。
朱清が瞠目する。それを見て、俺はニヤリと笑った。
「き、さま――」
「さあ、運試しといこうか、朱清!」
俺を取り囲んでいた骸骨武者たちが、一斉に俺へと襲い掛かってくる。だが、その内何体かが、後方から駆けつけた九郎と、その郎党たちの攻撃で倒れる。
俺は薙刀を持ち上げると、槍投げの体勢を作った。
そして上半身を仰け反らせると、体のばねの力を利用して思い切り薙刀を投げた。
薙刀が、一筋の流星のように刀身を煌かせながら飛ぶ。それはやがて、放物線を描いて、朱清の乗る馬の首に深々と突き刺さった。
馬が、断末魔の叫びを上げてその場に斃れる。
「の、のじゃあああああっ!?」
ついでに朱清も落馬して、そのまま背中から地面に落ちた。
すると、周囲の骸骨武者たちの動きは止まり、次々と赤い直垂を着たカムロ達に戻った。
カムロ達はおろおろしながらも、落馬して涙目になっていた朱清の下へぞろぞろと集まっていく。
カムロに囲まれた朱清が、頭を押さえて立ち上がった。
「ぬぐぐっ……! 痛い、痛いのじゃ……のう、カムロ。私の頭、割れてないかの?」
「――だいじょうぶ。朱清様はがんじょう」
「ならば安心じゃ。よし、もう一度源氏を倒――」
「――でも、もう都に帰る分の呪力しかのこされてない。これ以上は、むり」
「……必要以上にやられすぎたか。ぬぐぐ。仕方あるまい。では、戻るぞ」
朱清はカムロと相談が済んだのか、立ち上がって俺たちを睨みつけた。
「……武蔵坊弁慶。源義経。お前らを、私は決して許さん。この借りは必ず返すからな!」
負け惜しみを叫びながら、朱清とカムロの集団は霞のようにぼやけてその場から消えた。
敵の気配が完全に消えたのを感じ取ったのか、九郎や他の源氏武者たちは構えを解いた。
ふと気が付いて空を見上げる。東の空が明るくなり、僅かだが山の麓から陽が覗いていた。
九郎は、昇ろうとする太陽を横目に、太刀を鞘に戻した。
「……ふぅ。さあ、源氏の郎党たちよ。勝鬨を上げよ」
「「「「おおォォ――――ッ!」」」」」
槍を、太刀を、弓を朝焼けに突き上げて、源氏の武者たちは声を上げた。
その様子を、俺は少し離れたところから眺めていた。
「なんとか、死なずに済んだな――痛っ!」
終わったと思って気を抜いたら、突如右の手の平に痛みを覚えた。
そういえば、棒を切り落とされた時に少し斬られてしまったような気がする。戦いの興奮が冷めきっていないせいか、今の今まで痛みを感じなかった。後で止血しないと……。
そう思って、俺は自分の右手を見た。
「な――」
瞬間。思考が停止した。何が起こっているのか、俺にも皆目見当もつかない。
どうしてだ? どうして、こんなことに……。いや、本当は分かってるはずだ。見て見ぬふりをしようとするんじゃねえぞ、俺。
「――慶。おい! 弁慶! 聞いておるのか!?」
ハッと気が付くと、後ろから九郎に呼ばれていた。
俺は右の手の平をキツく握ると、踵を返して九郎に向き直った。
「んだよ。せっかく初陣の余韻に浸ってたってのによ」
「ふん。そんなものは後にせよ。今はとにかく、おれの言葉をよく聞け」
「はいはい。で、なんだよ?」
俺が、いかにも面倒だと言いたそうな態度で話を促すと、九郎は気まずそうに俺から視線を逸らした。
「……お前がいてくれたから、おれは生きているし、こうして戦にも勝てた。だから、その……あ、ありがとう。弁慶は、おれの一番の家来だ」
チラチラと俺の様子を窺うように視線を合わせてくる九郎。
思わず、可愛いと思ってしまった。だから、俺はそれを隠すようにため息をついた。
「はぁ。お前な、大将のくせに何恥ずかしがってんだよ? 馬鹿か」
「なっ!? わ、わたしが恥ずかしいのを堪えて伝えたというのに、何だその言いぐさは!」
「そういう時こそ、もっと堂々としてろよ。お前、源氏の将なんだろ?」
「う、うぐぐ。も、もうおれは絶対お前に礼なんか言わんからな……。絶対に言わんからな」
顔を真っ赤にして悔しがる九郎を、俺は左手でシッシと追い払う。
右手の傷口から血のように零れる、白い塩を隠しながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます