第14話牛若、覚悟を決める
骸骨武者が牛若の前に立ち、太刀を振り上げる。骸骨武者の太刀が、月夜に反射して青く煌く。その刀身に、涙に濡れる牛若の顔が反射したような気がした。
太刀が振り下ろされる、その瞬間。
「牛若殿!」
弓を持った先ほどの武者が、骸骨武者と牛若の間に割って入った。
振り下ろされる太刀。迸る鮮血。「ぎゃっ!」という短い悲鳴。
目の前で、人が……斬られた。
「――こ、んのおおおおおおおおおおおっ!」
俺は叫び声を上げると、正面に向き直って骸骨武者達に向かって吼えた。
棒に怒りを乗せ、力の限り突きを繰り出した。
最初の突きは、一体目の窪んだ眼孔を破壊し、次の突きは、二体目の首を吹き飛ばし、最後の突きは、三体目の背後に回って膝を破壊した。
三体の鎧武者が倒れるよりも早く、俺は踵を返して武者を斬り付けた骸骨に向かって疾走し、棒の一撃を頸椎に向けて放った。
骸骨武者を倒して牛若の下に辿り着く。牛若は膝を折って、自分が血塗れになるのも厭わずに、倒れた武者を抱き上げていた。
「ど、どうしよう弁慶! こ、この者が……!」
涙を瞳に浮かべる牛若が、俺を見上げる。俺はすぐにしゃがんだ。
牛若に支えてもらって、武者の背中の傷を見る。そして、絶句した。
右肩から腰まで、袈裟斬りで背中を裂かれている。それも、深々と骨が見えるほどだ。体がつながっているのが奇跡といってもいいレベルの重傷に、俺は瞠目する。
……ダメだ。もうこの武者は助からない。
牛若は、武者の肩を支えながら滂沱の涙を流して叫んだ。
「どうして――どうしてだ! どうしてわたしを助けたのだ! それも、自分の身を犠牲にしてまでっ!」
俺が内心で諦めかけていると、武者は虫の息で牛若を見上げた。
「……う、牛若殿。そなたは似ておる。我が主に……だから、おれはあなたを庇ったのだ」
「あ、あるじ……?」
「ああ。おれが終ぞ守れなかった主君――義朝様だ」
武者から出た名に、牛若が瞠目する。
「義朝――それは、その名は……」
「ああ。今は亡き源氏の棟梁……俺たちが、命を賭して守りたかった方の名――ゴホッ」
血を吐き、武者の顔色が徐々に土気色に変わっていく。
目の前で、命の灯が消えようとしている。
「……今戦っている皆も、きっと同じ思いだろう。俺たちは、誇り高き清和源氏の郎党。どうせ死ぬなら、こんな名誉も武勲もない戦場ではなく……源氏の主の下で死にたかった……悔しいなあ、くやしいなあ――」
武者の眼から、徐々に光りが失われていく。武者は、「悔しいなあ」と何度か呟いて、やがて静かに事切れた。
矢が飛び交い、怒号が響き渡る戦場の中で、牛若は武者の亡骸を見つめながら、ほろほろと涙を流した。
その時、近くで「ぎゃっ!」と悲鳴が上がった。顔を上げると、近くにいた武者の首に矢が突き刺さっていた。
「よ、義朝様……。今、そちらに――」
武者は、血の泡を吐きながら倒れた。
「あっ……」
その様子を、牛若も俺の隣で見ていた。
悲鳴は、他の場所からも聞こえた。右から、左から、小さく、何度も聞こえた。
死んでいく。源氏の郎党たちが。門の前で、次々と。
防衛線が、突破されようとしている。
「まずい……このままじゃ――」
――平家武者たちがなだれ込んでくる。
俺は焦った。
そろそろ、本気で撤退することを考えた方が良さそうだ。しかし、一体誰がそれを命令すればいいんだ? この隊商のリーダーである吉次はこの場にいない。たとえ俺が言っても、場が混乱して、撤退ではなく潰走になってしまうのは目に見えている。
どうすれば……一体どうすれば!
「おい! 誇り高き源氏の郎党達よ! 今しばらく持ちこたえよ!」
凛とした声は、その場にいた武者たち全員の耳に届いた。
矢が、木の盾に突き刺さる音が鋭く響く中、俺の横にいた少女は立ち上がった。
「今、わたしが勝利を呼んでくる。四半刻。あと四半刻だけ持ちこたえよ!」
牛若は武者たちにそう宣言すると、俺の手を引いて踵を返した。
門を潜り、玄関を超え、廊下を走る。元来た道のりを俺たちは走る。
「お、おい! どうするつもりだよ! あんなこと言って、本当に勝算なんかあんのか!?」
「ある。戦に勝つには、あやつらの士気を上げねばならん。そのためには、源氏の将がいる」
「げ、源氏の将って……まさかお前――」
俺が瞠目していると、牛若は決意に満ちた顔で言い切った。
「ああ。わたしは今から元服する」
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