第46話開け、郎党会議

 その日の晩。俺は衣川館の一室で寝ころび、天井を見上げていた。

 弁心と会った後、何をしても身が入らなかった。頭の中では、忍び寄る戦の足音がずっと響いていた。

 その時、引き戸の向こうから「……デカブツ、ちょっといい?」と声が聞こえた。

「……誰だ?」

「私よ」

「俺の仲間に私なんてやつはいねえ」

 捻くれた返事をしたら、相手は問答無用で扉を開けて部屋に入ってきた。普段は結んで一本にしている髪を下ろして、そいつは寝ころんでいる俺を見下ろした。

「この顔見ても分からない? 射貫いてやろうかしら」

「冗談だ。んで、何の用だよ与一」

 俺が面倒くさそうに起き上がると、与一は俺から距離を取って腕を組んだ。

 珍しい。平泉に来ても、俺たちは必要最低限の会話しかしていないというのに。

 俺の奇異を見る視線で与一も察したのか、つんと顔を俺から逸らした。

「私だって、好きでここに来たんじゃないわよ。くーちゃんの命令で、仕方なく来たの」

「だろうな。で、九郎はお前になんて言ったんだ?」

「弁慶の様子がおかしいから、話を聞いてこいだって。なんでも、くーちゃんはあんたがおかしいのは自分に原因があるんじゃないかって思ってるみたいよ。だから、同じ郎党仲間の私の方が、気兼ねなく話せるんじゃないかって。くーちゃんも酷いわよね。私とあんたの仲を知ってるのに」

「その通りだ。お前なんかに話しても意味なんかねえよ」

 どうせ、与一なら頼朝に合流することに賛成する。何故ならこいつは武士だからだ。

 戦うことが生きる目的なのだから。

 俺の冷え切った視線が気に食わなかったのか、与一はムっとした。

「私『なんか』ってのが腹立つわね。そんなの言ってみないと分からないでしょうが」

「いいや分かる。お前なんかに俺の気持ちは分からねえよ」

「ま、また『なんか』って言ったわね! もう怒った! こうなったら意地でも聞いてやる。早く言いなさいよ。でないと、朝までここにいるわよ!」

 ああ、本当にうっせえ女だ。もっとお淑やかにできねえのか。

 だが、このやかましい女が一晩中部屋にいるって考えただけで鳥肌が立つ。

 ……本当に気が進まないが、さっさと話して追い返すか。

 俺は一度だけ腕を組む与一を見上げた後、視線を畳に戻した。

「お前は、これから九郎にどうなってほしい?」

「はあ? 何よそんなの決まってるじゃない。平家を打倒して、源氏を再興していただきたいわ。そして、私以外の那須家を皆殺しにしてもらって、私が家督を継ぐの。それで――」

「――俺は、そうなってほしくない」

 得意げに話す与一を遮って、俺は言った。

「お前が信じてるかは知らねえけど、俺はこの時代の人間じゃない。だから、九郎が周りの奴らに持ち上げられて源氏の御曹司になったことが今でも腑に落ちねえ。俺は、今の九郎が無理をしているように思えてしょうがない。もし本当に無理をしてるなら、助けてやりたい」

 でないと、あいつは……幸せになることなく、死ぬことになる。

 これを聞いて、与一はどう思うだろうか。ふと気になって、俺は視線を上げた。

 与一は――本当にどうでもよさそうにぼけーっと天井を見上げていた。

「……案外女々しいのね、あんた」

「うるせえ」

 やっぱり、こいつに話したのが間違いだった。

 恥ずかしさと悔しさで顔が赤くなるのを感じていると、俺の視界に与一の足が入った。

「分かってると思うけど、私はあんたが嫌いよ」

「知ってる。今更だろうが」

「そう。だけど、あんたが沈んでるとくーちゃんまで元気がなくなるから、仕方なく助言してあげる。よーく聞きなさい」

 与一は相変わらず腕を組んだまま俺を睥睨する

「あんまり自分勝手なことをするのはやめなさい」

「自分勝手って、俺は九郎のことを思って――」

「だったら、なおのことやめておきなさい。さっきあんたが話したことは、あくまであんたの想像でしょ? くーちゃんが頼んだわけじゃない」

「かもしれねえ。でも、それじゃあ黙って見てろっていうのかよ。あいつが苦しみながら、使命とやらに流されていくのを!」

 俺が与一を睨みあげると、与一は小さく息を吐いた。

「……あんた、本当に違う時代から来たのね。今わかったわ。あんたの考え方は、この時代の人間にしては優しすぎ――ううん、薄情すぎる」

 今度は、与一が俺を鋭く睨み付けた。

「いい? 私たち武士は『血』を重んじるの。父を、祖父を、先祖を、その一族の悲願を追い求めるのが武士よ。くーちゃんにとって、平家打倒は血の中に刻まれた使命なの。オオカミが肉を食うように、牛が草を食むように、武士は血によって戦う。それが、この時代の武士の当たり前なの」

「つまり、それは大きな流れに逆らうなってことなのか?」

「……そうね。あんたがその流れとやらに逆らう権利なんかないわ」

 冷静に話す与一を見て、俺の怒りは更に強くなる。

 お前が何を知ってるんだ。これから九郎がどうなるか、お前は知らないくせに。

「何も知らないくせに、適当なこと言ってんじゃねえよ!」

 堪らず叫んでしまった。

 俺の叫びを聞いた与一は、組んでいた腕を解くと、俺に背を向けて引き戸に手を掛けた。

 そして、ちらりと俺を見た。

「……あんたが何を知っていて、何を感じているのかは分からないわ。でもね、くーちゃんはずっとあんたに言ってるはずよ。……あの人は、真面目で素直な人だから」

 それだけを言い残すと、与一は俺の部屋から出て行った。

 一人残された俺は、暗い部屋の中で与一が閉じた引き戸を睨み付けた。

 結局、話して分かったのは与一が俺の味方ではないということだけだった。

 それでも、俺は止まらない。九郎を死なせたくない。

 もう、九郎に直接言うしかない。そう思った俺は、立ち上がって引き戸を開け放った。

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