第10話吉次登場、まずは鏡の宿へ!
いやあ。牛若ちゃんのおかげで、おいらたちの隊商も花が出た気がするでやんすね!」
胡散臭い口調の男が、隣を歩く俺に話しかけてくる。
「まあ、そうだな。言っておくが、もう二度と牛若の尻を触ろうとするなよ? あいつも迷惑してるってさ」
「な、なんのことでやんすか? おいらはむっちむちの熟女が好きなんでやんすよ? あ、あんな男みたいな凹凸の無い小娘なんて興味ないでやん――」
「源氏万歳突き!」
「ひょおうっ!? う、牛若ちゃん! 待つでやんす! 女子が太刀を振り回してはいけないでやんす!」
「うるさい! 変態吉次! ここで貴様を成敗してやる! 覚悟しろ!」
そう宣言すると、牛若は籠を飛び出して、 逃げる吉次を追いかけて行った。
早朝に吉次の隊商と合流した俺たちは現在、近江――滋賀県を歩いている。今は夕暮れ前で、少しずつ空が茜色に染まりつつある時刻だ。
俺たちのいる隊商は琵琶湖の傍を歩きながら、昼に草津を通って今は野洲にいる。なんでも、今日の目的地である鏡の宿と呼ばれる宿屋に向かっているらしい。
しかし、吉次の隊商には驚いた。
なにせ、人数が三〇〇人もいる。この時代を知らない俺からすれば、江戸時代の大名行列かと思うくらい規模がデカい。
しかも、その三〇〇人の内、半分以上が太刀や薙刀を煌かせて歩いているのだから、威圧感が凄まじい。これはもう隊商というか軍団だ。なんでも、武装の理由は夜盗対策らしい。
俺と牛若は、吉次のはからいで軍団の先頭を歩いている。歩いているといっても、牛若は貴族の娘という設定で奥州へ向かっているため、普段は籠の中で休んでいる。しかし、昼間に吉次に尻を触られて以降、今のように吉次のセクハラに反応して籠を飛び出すことが多い――というか、今ので今日五回目だ。
「いやあ、大変な目に遭ったでやんす」
気が付くと、俺の隣に吉次がいた。散々牛若に追い掛け回されたのか、若草色の着物や顔のところどころに泥が跳ねて汚れている。
「あいつはどこ行ったんだ?」
「牛若ちゃんなら、太刀を持ったまま籠に戻ったでやんす。しかし、本当にあの娘は貴族の子なんでやんすか? あの太刀筋、只者ではない気がするのでやんすが……」
「いや、一応貴族の娘だ。一応な」
源氏も、元を辿れば天皇の血筋だ。一応貴族と言ってもいいんじゃないか?
歩きながら、俺と吉次は他愛無い話をする。
吉次は、ネズミのような細い顔立ちをした男だ。前歯が出ていて。無精ひげを生やしている。語尾は『やんす』で、いかにも軽薄そうな、信用の置けなさそうな男だ。
しかし、これでもこの吉次。平泉と都の貿易を一手に任されているやり手らしい。
「それはそうと弁慶殿。奥州には行ったことあるでやんすか?」
顔に付いた泥を手拭いで拭き取りながら、吉次は俺に尋ねる。
「あ? んー、行ったことはないな。中尊寺の金色堂とか、写真でなら見たことあるが……」
「写真? とにかく。奥州はいいところでやんすよ。豪勢さで言えば、今の都に負けずとも劣らない大都市でやんす。何故なら、平泉では金が川からわんさか取れるでやんすからね」
「金? ああ。だから都とこうして貿易できるわけだ」
いつの時代も、金は権力者の象徴だもんな。それが取れるとなったら、自然とその地域も強く、大きくなるのだろう。
「そして、その金を背景に都と同等の力を持てるのも、奥州を支配する藤原秀衡様のおかげでやんす」
誇らしげに、吉次は胸を張ってその名を言った。
「ふーん。そんなに強いのか、藤原秀衡ってのは」
「もちろんでやんす! 奥州藤原氏の三代目である秀衡様は奥州七万騎の大将で、今では都の平氏に唯一対抗できる戦力を持っている方でやんす。西の平氏、北の藤原、でやんす!」
「なるほどな。てか、東には誰も権力者はいないんだな。」
俺が興味本位で話を振ると、吉次は顔を暗くした。
「……東には――坂東には、かつて源氏がいたでやんす。でも、先の平治の乱で棟梁の源義朝が討ち死にして以降、郎党は軒並み平氏の軍門に下り、そうでない者は散り散りになったでやんす……」
吉次はそう言うと、振り返って自分が率いる隊商を憂いの視線で見つめた。
「この隊商の武者達も、元々は源氏に与した武者たちでやんした。源氏が没落し、食うに困って夜盗紛いの略奪をしていたところを、秀衡様が説得し、こうして吉次の隊商に加えられたのでやんす。彼らも、腹の底では無念に涙していると思うでやんす」
なるほど。つまり、この隊商は奥州藤原氏の傘下に入った源氏の残党たちで構成されているのか。だから鬼一が信頼して牛若を預けたのか。納得した。
「おっ。そんなことより、そろそろ鏡の宿でやんすね」
吉次が汗を拭う素振りをして言った。よく見てみると、道の向こうに、大きな山々を背景にした村が見えた。
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