第35話 地獄の勉強会
「沙奈ちゃんは坂本さんの隣に座ってあげて!!」
藍沢さんの発したその言葉に、私は唖然とした。
突然の言葉に驚いたのは私だけではなく、沙奈もそうで、戸惑いながらもその席に座ってしまう。
その時点で、私の計画は全て水の泡となった。
沙奈が腰を下ろす前に、「ちょっと待った」と言えていれば、まだ違ったかもしれないし、沙奈に状況を説明していれば気を利かせてくれたかもしれない。
けれども、藍沢さんの言葉があまりにも予想外すぎた。
そもそも、なんで藍沢さんは私の隣へと座らせたのだろうか。私は恐る恐る尋ねてみる。
「あ、藍沢さん…………どうして??」
すると、藍沢さんは恥ずかしそうに下を向き、ボソボソ呟き始めた。
もしかして、藍沢さんも野村くんの隣を取りたくて、隣を空けた————
なんて疑いをかけた私が、惨めに思えるくらいの回答が返ってきた。
「私じゃ勉強のこと力になれないから……」
そこまで口にすると、顔をあげて沙奈を見つめる。
「だから、沙奈ちゃん。坂本さんに勉強を教えてあげて!!」
藍沢さんはすがるような目で、沙奈にお願いをした。そんな彼女を見た私は…………
ごめんなさいいい、藍沢さん!!!!!!!!!
私は、藍沢さんの純粋さと私の無粋さに、あやまることしかできなかった。
そんな状況を知らない沙奈は、もちろん藍沢さんの言葉に首を傾げる。
「あれ? 愛って成績悪くない…………」
「あ、あー、ほんとごめんね。お願いね、沙奈」
私は彼女の声をかき消すように大きな声でそう言った。そしてわかってねと言わんばかりに不自然なほど目を見つめた。沙奈にはずいぶん怪訝そうな顔で睨まれたけど、この嘘つきな私をどうか許してください。
でも、これで完全に終わってしまったあああああああ!!
でも、そんな絶望の中、一筋の光が。
「…………あー、でも、私よりも伊藤に教えてもらったほうがいんじゃないのかしら? 私より教えるの上手いと思うよ」
私の気持ちが顔に出ていたのか、沙奈がフォローしてくれた。グイッと顔を上げて、望みを託すかのように沙奈を見つめた。
だけど、藍沢さんの返答は、希望のカケラもなく一瞬にして光は途絶える。
「ううん、沙奈ちゃんの方が成績いいんでしょ。それに、こうくんよりはわかりやすいと思うから……」
藍沢さんは首をブンブンと横に振りながらそういった。
そして、沙奈はあちゃーといった反応をする。もう打つ手がないのだと思う。
確かに、沙奈と席を変わって、奥に行ってもらったらまだ可能性はある。だけれど、それは沙奈が野村くんの隣になる可能性も潰すわけで、正直無理強いもできない。
だから……
「じゃ、じゃあ沙奈、勉強教えてください…………」
「え、ええ……わかったわ…………」
どちらも神妙な面持ちをしていて、声にも張りがなく、二人の間には不思議な空気が流れている。でも、藍沢さんはその光景を満足そうに見ていた。
ただ、まだ戦いは終わったわけじゃない。せめて藍沢さんと康太が隣同士になることだけは避けてもらいたい。
もう正直できることなんてないけど、学校でさえいつもギリギリにくる康太に対して、毎朝あれだけ早くきている野村くんだ。きっと、野村くんの方が早いに決まってる。そしたら、藍沢さんの隣に座れば、康太と藍沢さんが隣同士になることはない。
だから、お願い。次は野村くんがきてください!!!
そう、藁にもすがる思いで、天へと祈っていると、そこに入店音がなり、一人の影が見えた。彼は店員さんに爽やかに話しかけると、すぐ私たちの方を向いた。そして迷うことなく、一直線に私たちの座るテーブルに来て、藍沢さんの隣に座った。
「お待たせ。早いねみんなも、小春も」
なんで康太なのおおおおおおおおおお!!
野村くん、遅くない?????
我は今、厄日と申して、消え去りたい
私は、とてつもなく変な一句を読んでしまうほどに、打ちのめされていた。
* * *
康太が来た数分後に、野村くんが来た。だけど時すで遅し、すでに消化試合であって、どちらに座ってもなにも変わりなかったけど、もちろん沙奈の隣に座った。
無駄に私が空回りした結果、私の隣に沙奈と野村くんが座って、向かい側には藍沢さんと康太が二人っきり並んで座る配置に……
いやああああああああああああああ!!!
予想と覚悟はしてたけど、康太は周りを知ったこっちゃないとばかりに、藍沢さんにつきっきりで教える体勢だ。手取り足取りって言った様子で、ペンの握り方さえも見つめていそう。でも、教えを受ける側の藍沢さんはさぞかし迷惑そうで、野村くんを不安そうな目で見詰めている。沙奈は沙奈で隣に野村くんがいるのに、藍沢さんの懇願と、視線で私に教えざるをえなくて、無事野村くんが一人居心地悪そうに教科書を眺めている。
康太以外、驚くほど誰も得のない地獄の配置で、全員が全員席がえを望んでいたと思う。だけど、それも言い出せぬまま時はすぎていく。
こんな時、誰か救世主とか来ないかな。
私はそんな無茶を呟いてみたりするけど、現実はそう甘くはない。
* * *
私はやらかしてしまったみたい…………
隣に座ったこうくんは、まるで二人の勉強会だと言わんばかりに熱心に教えてくる。
確かに教えてくれるのは非常にありがたいんだけど、でも今はみんなで勉強会をしているところ。多少は空気を読んでほしい……
そして、教えてくれる間に、時々自慢が入るからテンポは悪いし、あまりわかりやすくないし。
私はあまり耳に残らない彼の声をよそに、チラリと向かいの端側に座る野村くんをみる。
一人で、教科書を眺めつつもページは一切進んでいない。せっかくの勉強会なんだから誰かに教えてもらえればいいのに、こうくんはこれだし、沙奈さんは坂本さん教えているし。でも、沙奈さんに教えてもらってるはずの坂本さんもなぜかぎこちない? なんで??
まるで、演技しているみたいな違和感があって、どちらもどこかしら苦笑いといった様子。
もしかして、坂本さんってもともと勉強できた?
実は私たちの留年する不安に大して、坂本さんは上位から落ちるという不安だったりして……
なら、今からでも、沙奈さんに野村くんに勉強を教えて欲しいと頼めば、野村くんは勉強することができるようになるけど……
それは私がつらくなる選択肢で、二人でイチャイチャしているところを見なければならくなる。
この状況だと色々と手の打ちようがなくて、完全に詰んでいる。
神様どうかお願いします!!!
事態を変えるようなことが起こってくれますように!!!
* * *
俺は今、端っこにて一人で勉強会をしている。
昨日の流れでつい勉強会に来てしまったけど、そもそもその選択が間違いだった。さらにいえばこんなキラキラとした集団の中にいること自体が間違っているんだと思う。それに、遅刻寸前だったのだから文句も言えない。
本当は20分前には着く予定だったんだけど、出る直前に、なぜか妹がつっかかってきて、それに時間をくってしまったのだ。普段は無視なのに今日に限ってだ。
まあ、様々なことがあって無事こんなテーブルの片隅でぼっちをやっているわけだけど、確かに一人で勉強できると考えれば家と変わらない…………なんてことは全然無い!
これはこれで落ち着かない。
藍沢さんには気を遣われているのか、心配そうな目で見られるし、隣に座る沙奈も面白がってか、チラチラと俺をみる。
正直いてもしょうがないから帰ってしまいたいんだけど、さすがに開始30分で帰るのは感じが悪すぎる。来週からの学校生活に影響を及ぼす。
だから、とりあえず耐えるべくして、教科書に視線を落とすんだけど…………
まっったく、わからん!!!
もはや別言語に見えてきた教科書に、微妙な視線、目の前で繰り広げられる藍沢さんと伊藤のイチャイチャ……
『あー、何かこの事態がぶっ壊れるような展開起こらないかな…………』
俺は心の中で革命を望んでいた。
楽しい勉強会のはずが、なぜか半数以上が革命を望む地獄の状態に。
でも、その革命は、事態より面倒くさい方向へと進むことを、まだ誰も知らない。
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