第5話 教科書を隠蔽した藍沢さん
【前回のあらすじ】
「坂本さんに教科書を見せてもらったら、藍沢さんがむくれてふくれた」
「キーンコーンカーンコーン」
授業開始の鐘が鳴いたから、俺はカバンに目を落とす。
『次の科目は国語だったような気がするけど……』
なんだか身に覚えのある展開に、すごく嫌な予感がするから、それを払拭するようにカバンの中を探った。だけど探せど探せど国語の教科書は見つかる気配がない。さすがに二回連続はヤバイと思い、カバンをひっくり返して隅々まで探す。
だけど、カバンの中身を全て確認しても見つからず、俺が青ざめていると、左から「あの、野村くん……」と小さな声が聞こえた。そして、顔をあげると……
『教科書、机の上かよ!』
机の上に動きもしない国語の教科書が
そんな一茶番を終えたあとに、俺は左耳にふれた儚い声を思い出す。
「藍沢さんどうしたの?」
ワンテンポ遅れて藍沢さんに反応すると、藍沢さんは冷たいをして「なんでもないです……」とつぶやいて、前を向いてしまった。
最近やけに藍沢さんの機嫌が悪いように見える。俺なにか悪いことしたっけ? それとも普通に嫌われてるだけ?
別に藍沢さんとは仲が良いわけでもなく、ただ席がとなりになっただけだ。それなのに、なんだか藍沢さんの不機嫌が気になって仕方がない。
確かに藍沢さんは積極的に話すタイプじゃないから、もしかしたら人と関わるのが嫌かもしれない。さらに藍沢さんは、ただでさえかわいいんだから俺みたいなやつとは関わりたくないのかもしれない。それに、藍沢さんは……
「じゃあ藍沢さんは、となりの人に教科書を見せてもらってね」
おばちゃん先生のその優しい声は、藍沢さんに向いていた。
俺は考えごとに夢中で、急に聞こえた藍沢さんの名前にハッとした。これまでの話を聞いていなかったけど、先生の口ぶりではおそらく藍沢さんは国語の教科書を忘れたのだろう。そして、彼女のとなりといえば……
「あ、あの……教科書を忘れたから……見せて欲しいです……」
藍沢さんは俯きながらボソボソと先細る声でつぶやく。
「あ、きょ、教科書ね! いいよ……」
さっきまで藍沢さんのことばかり考えてたから、少しぎこちない反応になってしまった。
藍沢さんは「おじゃまします」と遠慮がちに机を運ぶ。そして机をぴったりとくっつけると、そっぽを向きながらも椅子を寄せる。それも、服が触れるそうなくらいギリギリまで寄せてきた。近い近い近い!!
体をよじるだけで服が擦れてしまう、そんな近くにいる藍沢さんからは、温かさや早い鼓動が伝わってきて、こっちまでドキドキが止まらない。
『近い近い近い、すっごいドキドキするんだけど。ってかすごくいい香りがする』
彼女はみるみる顔が赤くなっていき、少し椅子を戻して距離をとった。藍沢さんとの距離が空いて少しほっとした。
でもホッとしたと同時に少しさみしい気持ちにもなった。なんでだろう? でもそんなことより……
『藍沢さんすごくいい匂いがした!!! なんで女子ってこんないい匂いがするんだろう?』
ビクッとした藍沢さんは、まるで教科書に顔を
『でも匂いといえば、坂本さんもいい匂いがだったなぁ……』
なんて俺がさっきのことを回想していると、藍沢さんに肘でつつかれ、俺のノートにひとこと、“へんたい”と書き込まれた。
『だから、へんたいってなんのこと!!!』
* * *
その後は、藍沢さんが何度かむくれて、関係のない坂本さんがニヤニヤしていたけれど授業は何事もなく進み、先生の「じゃあ、今日の授業を終わります」のひとことで昼休みが始まった。
「きょ、教科書ありがとう……」
藍沢さんは机の上を片付けると、小さな声でつぶやいた。
「いやいや、なんてことはないよ」
「でも、なんだか嫌そうだった……」
「あっ、返事した時のこと?」
俺がその時ぎこちなかったことを、藍沢さんは気にしているのかもしれない。
「ちょっとびっくりしただけだよ。それまで少し機嫌が悪いように見えたからさ」
藍沢さんは俯くと「……ごめんなさい」と小さくつぶいた。言いすぎたと焦った俺は「あ、ああ気にしなくていいよ?」とフォローを入れた。だけど、彼女は「違うの……」と小さく首を振る。
「私は自分を表現することが苦手で……声も小さいし……だから……」
彼女は顔を上げて、俺をまっすぐ見た。
「もっと素直になる!」
藍沢さんの表情はこれまでで一番キラキラしていて、話の内容はよくわからないけど、とにかくドキッとした。
「わかった、よくわからないけど頑張って!」
「うん、頑張る……」
彼女は嬉しそうにつぶやいた。
「ところで藍沢さん?」
「なに……」
「机の位置戻さないの?」
「あっ、えっ、こ、これは気にしないで!」
そして藍沢さんは俯いてしまった。下に何かあるのかな? と思って彼女の机の下を見ると、引き出しから“国”の文字がついた本が見えて……
「藍沢さんそれ、国語の教科書じゃ……」
すると、いきなり机に伏せて、引き出しを体で隠してしまった。
「違います!」
「え、でもその教科書、国語って……」
「絶対違います! もう知りません!!」
そして、藍沢さんはそのまま伏せてしまった。それも、俺の机とぴったりくっついた状態で……
しかも右では坂本さんが相変わらず頬杖ついてニヤけているという、なんとも居づらい状態になってしまい……
『昼ごはん食べづれええええええ』
俺はその後、自分の席なのに縮こまりながら、となりからかわいく鳴くお腹の虫の音を聞きながら、気まずさMAXでお昼ごはんを食べました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます