第4話 となりの席の坂本さん
「キーンコーンカーンコーン」
授業開始の鐘が鳴くと、俺はカバンに目を落とした。
『次の科目は確か……歴史だったような気がするけど』
なぜか国語の教科書を出していた藍沢さんが慌ててカバンにしまう中、俺はガサガサとカバンの中を探る。だけど、探せど探せど歴史の教科書は見つからない。
でも、そんな俺にはお構いなしに、先生は授業を始める。
「じゃあ今日は80ページからやるから教科書出して」
『やっべ教科書ないわ、どうしよう……』
左の人が教科書をわざとらしく持ち上げたり開いたりしているのに気づかない俺は、なんとかやり過ごせないか必死に考えた。だけど、解決策なんて思いつかないし、そこに先生が追いうちをかけてくる。
「教科書ないやつは言えよ。言わなかったらよけいに減点だからな!」
『あのおじさんめ……』
俺は歴史教師をにらみながら、しぶしぶ手をあげる。
「教科書忘れました!」
「はーい、野村は一回忘れ物ね。じゃあ、となりの人に見せてもらえ」
「わかりました」
俺は茶髪の女の子が目を輝かせているのに気づかなかったけど、話しかけやすいから藍沢さんにお願いしようとしたとき……
「野村くん! 私のみる?」
聞きなれない元気な声が右耳にふれた。その声の主は右隣の坂本さんの声だった。彼女は短髪で活発で、スポーツ女子感強めのクラスメイトで、たしかテニス部だったっけ?
それはさておき、あまりにもありがたい提案に、俺は思わずテンションが上がる。
「いいの!? じゃあ、お願いします!!」
そう言って俺はおどおどと机を寄せて、坂本さんの机とくっつける。そして椅子をひきづって坂本さんに近づくと……
背中に悪寒が走った。
えっ、なに? と思って左をちらりと見ると、やけにおぞましい空気が
* * *
授業時間が半分を過ぎ、見渡すと六割くらいの生徒がノックアウトしたころ、俺も途切れ途切れの記憶がなくてノートにはミミズ文字が走っていた。そして再びウトウトしはじめたところ、今度は耳元のささやき声で目がさめた。
その声に振り向くと、耳元に近づいた坂本さんは少し動けば体が触れてしまいそうなほど接近していて、思わず心臓が跳ね上がる。
『近い近い……っていうかいい香りもするし』
関係ない藍沢さんでさえビクッとする、そんな甘酸っぱいドキドキシーンで、俺の胸の高鳴りは最高潮に達した。だけど、彼女の口から発せられた言葉で全てが台無しになった。
「教科書はジュース一本でどう?」
俺は彼女の現金な声に、思わず笑ってしまった。そんな俺の表情を見て、坂本さんもイタズラっぽい笑みを見せる。
「坂本さんはなかなかの策士だね? じゃあジュース一本で。 ただ、150円以内でね」
俺が最後に付け加えた言葉が気に入らなかったのか、彼女は「えー」と言いたげな顔をしている。
それを見て『俺はいったいいくらのジュースを買わされるところだったんだろう?』なんてゾッとしていると……
"かちゃん"、"かちゃん"、"かちゃん"……
藍沢さんがまた鉛筆をたくさん床に落としていた、しかもまた膨れっ面で……
俺は仕方なく席から離れると、腰を落としたまま鉛筆を拾い、藍沢さんの机の上にそっと置いた。そのときに、肩をツンツンされて指差す方を向くと、そのページには……
『へんたい!』
と大きな文字で書かれていた。
『えっ? ヘンタイって俺のこと? なんで??』
俺は不思議でしょうがなくて、首を
「面白いね、お二人さん!」
坂本さんは俺から視線を外すと、なぜか奥の方に目をやってニヤリと笑う。つられて左を見ると、藍沢さんはなぜかプルプルと震えながらむくれていた。
* * *
「はい、じゃあ今日の授業ここまで! ちゃんと復習しておくように」
先生がそう言って授業が終わると、教室がざわつきはじめる。俺はつくえを動かしながら、坂本さんに「教科書ありがとうね」と声をかけた。
「どういたまして。その代わりちゃんとジュースはよろしくね!」
「わかったよ。じゃあ今から行く?」
坂本さんは「うーん」と考えるそぶりを見せてから、チラリと奥の方を見る。
「今はいいかな……また今度言うから」
「うん? わかった」
坂本さんの煮え切らない返事に首を傾げながら席につくや否や、となりからルーズリーフがふわりと流れてくる。
そこには……
「へんたい!、へんたい!、へんたい!、へんたい!……」
A4のルーズリーフにはとにかく“へんたい”と書いてあって、俺は藍沢さんを見る。だけど、やっぱりプイッと顔を背けてしまう。
俺がどうしたもんかとあわあわしていると、なぜか坂本さんはニヤニヤしている。
かたや、なにもしてないのに不機嫌になって、かたやなにも起こってないのにニヤニヤしている……
『ほんとに女心ってなんなんだ!!!!!』
女心はやっぱり難解だ。
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