第25話 それぞれの関係性
「沙奈、ちょっと笑わないでよ!!」
愛に連行されるがままに、連れてこられたのは人が使わない奥側の階段だった。ここは昼休みなのにも関わらず人気がない。そんな階段の踊り場で、申し訳ないと思いつつ一人大爆笑していた。
そんな私を愛は不満げな顔でにらんだ。でも、その表情は愛にしては珍しく、余計に面白い。
「……こんなの笑うなっていう方が無理だわ、あの愛が恋する乙女なんて、ぶっ……」
さすがに失礼だとは思ったけど、我慢ができないのだから仕方がないわ。普段はまるで姉のようにしっかり者で、人に気を遣って、優しく振る舞う。「恋愛なんてまだ早い」なんてクールに振る舞っていた愛。そんな彼女が名前を出しただけであれだけ動揺するなんて意外すぎて、笑わずにいられない。
私はお腹が痛くなるほど笑ったあと、ふと愛を見上げると……
彼女は瞳の輝きを失っていた。まるで灰色でベタ塗りされた瞳孔で、私をにらむ。いつの間に手にスマホを持っていて。そのカメラはこっちを向いていた。
「この沙奈がバカ笑いした映像。野村くんに送ってもいいよね」
彼女の声音は体温を失っていて、氷点下を超えた冷たさだった。たぶんこのまま笑っていたら、本当に送りかねなくて、思わず体が震えた。これはいうまでもない。愛がブチギレてる!!!
「それはダメっ! 本当にごめんなさい!!」
私は思わず頭を大きく下げた。あまりにも愛が怖すぎて、体が勝手に動いたのだと思う。頭を下げ続けるとやっと愛が表情を取り戻し「よろしい」と言ってくれて、私はすごくホッとした。
「それにしたって、藍沢さんがライバルなんてついてないわね」
「あんたに言われたくないわ!!」
「でも、これは私が言うことじゃなんだけれど、停戦協定なんて結ばさせずに、野村くんと藍沢さんをくっつけさせれば良かったんじゃないの?」
愛の気持ちに気づいた時に、真っ先に思ったことだった。以前から、愛が色恋沙汰に気をかけているのも違和感だった。
確かに愛は姉貴と呼ばれるほど世話焼きだけど、唯一恋愛相談は全然受け付けてなかった。愛はテニス部だから、三大イケメンの田中くんと付き合いたいとか、仲良くしたいとかたくさん相談を受けていた。それでも、愛は「恋愛はよくわからない」とキッパリだった。
だから、裏に何かあるのかとは思っていたけれど、恋敵が藍沢さんなら納得がいく。藍沢さんと祐太がくっつけば藍沢さんと戦わなくて済む。でもそれだと、停戦協定の意味がわからなくなる。それって愛の恋愛まで長期戦になるってことよね。なんて頭で巡らせていると、愛がジト目でこちらを見ていた。
「沙奈がいいなら、明日からでもそうしたいんだけど??」
「やめてください!! お願いします!」
私は最上階まで届くくらいの声量で叫んでいた。思わず恥ずかしくて少し俯いた。そんな私に愛は優しく語りかけた。
「そうなるでしょ? その気持ちすごくわかるから、そんなことできないよ」
恋しているからこその配慮だった。でも、その行動は口で言うのは簡単でも実行するのはとても難しいことだと思う。だって、誰にもバレることなく恋敵を排除できる方法があるとすれば……使わずにいられるかしら。
「さすが姉貴だわ!!」
「ついに沙奈まで姉貴呼びするのね」
愛は苦笑いした。でも、私は愛を表すのにはぴったりな呼び名だと思っている。ここまで人のことを思ってくれる友達なんてそうそういない。だから、彼女には幸せになってほしい。だけど、そうなると祐太と藍沢さんがくっつけば早くて、私がお邪魔虫になってしまう。とんでもない複雑な構図だ。早く伊藤が愛の好意に気づけばいいのに、なんで藍沢さんにこだわっているのかしら。
「よくよく考えれば、伊藤もなかなか悲惨な立場よね。あいつも叶わない片想いしているんだし。よくもまあ、地獄のような構図ができたものね」
すると、沙奈が一つため息をついて、私を真剣に見つめた。
「沙奈はさ、幼馴染のことどう思う?」
「も、もう……愛はよく知っているでしょう。す、好きよ……」
「じゃあそれに対して、野村くんの方は?」
「残念ながら裕太は別の方向を向いているわね……」
「それがあの二人よ。女と男の立場は逆だけどね」
「えっ? じゃあ、あの二人は幼馴染なの??」
「うん、正確には遠い親戚らしい。まあ、それも幼馴染よね」
「……そ、そうなの」
愛の話を聞いて私は唖然としていた。つい昨日、藍沢さんに興味がありそうだからと言う理由で伊藤にちょっかいかけてみたけど、今となっては激しく後悔している。彼は私と同じで苦しい片想いをしていて、とてもからかっていいような恋愛じゃなかった。さらには、そんな彼に好意を抱いてしまっている愛。あまりのも地獄の構図に、愛にも伊藤にもかける言葉がなかった。
* * *
学食はガヤガヤと混んでいて、私は一つため息をついた。昨日はこうくんが来てくれたおかげで、野村くんを嫉妬させることに成功。そのためなら学食代なんて安いものなんだけど……
わざわざ一緒に食べなくてもいいような気がする。だって、昨日は一緒に食べたんだし。
それでも食券の列に並んでいる段階で嬉しそうに色々話しかけてくるし、しまいには「俺が奢るから」と言い出したし。こうくんはいったい何しに来たの?
私は小さなため息をついた。
確かに幼馴染だし、親戚だから普通に仲が良い。嫌いじゃないから一緒にいても楽しいんだけど、学校では一緒に居たくない。恥ずかしいし、なにより男女が一緒にいれば、いろいろな勘違いをされるかもしれない。
『でも、そんなことより、野村くん嫉妬してくれてたなぁ〜』
私は昨日のことを思い出し、少しニヤついてしまった。野村くんが私のことを気にしてくれていたのはすごく嬉しかったし、反撃は成功したと思う。これでもっと私のことを見るべきだと気づいたはず。
結局、食券はこうくんが払った。本当にこうくんは何しに来たんだろう。そして、料理を持って空いてるテーブルに向かい合って座った。私が手を合わせてから、うどんを箸でつまんだとき、牛丼に一口もつけてないこうくんが口を開く。
「小春。今度さ、あ、遊びに行かないか?」
彼は神妙な顔つきで私を見た。私はどういうテンションで誘われているのかな。
「うーん、いいかな? どうせまた盆とか集まってみんなで遊びに行くし」
「でも、まだ盆まで二ヶ月くらいあるぜ。一回くらいは……」
「いいかな……忙しそうだし……」
黙り込んだ彼は、少し悔しそうにしていた。私はお椀に顔を近づけて、うどんをちゅるちゅると吸いながら、首を傾げていた。
こうくんって、そんな遊びたがりだっけ?
まあ、暇だったら遊びたいのはわかるけど、わざわざ私を誘わなくても。もしかして友達いないとか? こうくんってもしかして寂しい子?
今さっきだって神妙な面持ちってことは、あまり乗り気ではなさそう。自ら誘っておいてそんな表情なのは……間違いない!
こうくんは遊びたくて仕方ないけど、友達がいなくて遊べない。だから仕方なく私を誘っているんだ。
「こうくん。もっと自然に振る舞ったら? ガツガツ行っちゃダメだよ」
多分こうくんは友達欲しさのあまりに、今私にしたみたいに、諦め悪く、がっついてるんだと思う。だから、ささやかなアドバイスをしてみた。まあ、友達が少ない私がすることではないんだけど。でも、こうくんは……
「わかった。もっと自然体に振る舞うことにするよ」
彼は笑顔でそう言った。その時の彼の笑顔が不覚にも素敵だと思った。その笑顔ができるならきっと友達100人も夢じゃないよ!
「それで、明日も一緒に食べない?」
「いや、いいかな……」
「そうか……」
こうくんはなぜか肩を落としていた。さっきは笑顔で今は落ち込み。こうくんってもしかして天然なのかもしれない。私は、うどんを吸いながら不思議なこうくんを見つめていた。
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明日は煮干しの日らしいので、短編を投稿します!
まだ完成していませんが、明日の12時頃に投稿予定です。
投稿したらこのページや近況ノートにリンクを掲載予定ですので、興味がある方は、そちらを辿っていただけると幸いです。
【煮干しの日短編】
「残念な天才カタブツメガネは、苺の「14日の放課後に、女子からもらった手作りチョコを見せなさい」という指令を達成することができるのか?」
https://kakuyomu.jp/works/16816452218613934925
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