第24話 坂本さん故障中
【前回のあらすじ】
「沙奈はリモコン使いだった」
俺はほおづえをつきながら大きなため息をついた。お昼休みと言えば一般的にはお楽しみのご飯タイムで、ワイワイと学食に向かう者、購買まで短距離走をしかけるもの、
ガラス越しのグラウンドには、相変わらず幾多の雨粒が降り続き、ザーザーと音を立てながら地面に落ちていく。まるで昨日のリプレイような光景で、梅雨入り二日目にして雨にはうんざりしていた。さらには、視界に映るはずの茶色いふわふわもなくて余計に気分が落ち込んだ。
藍沢さんとは、昨日の騒動もあってか、朝から気まずかった。お互いわだかまりがある事は気づいていても、会話がなくて気まずさは増していくだけ。ちらちらと目を向けると、目があってしまって気恥ずかしい。微妙な距離感にだんだん息苦しさも感じていて、藍沢さんが昼休みに席を外してくれたことに、ホッとしている自分さえいた。
ようするに、藍沢さんと、超気まずい!
『まあ、気にしてもしょうがないし、メシにしよ! メシに!』
俺は気持ちを切り替えるべく、メシこと弁当さんを机の上に置いた。そして、フタを開けようとした時、誰もいないはずの左隣から人の気配がした。もしかして藍沢さん? 俺はびっくりして顔を上げてみたけれど、顔を見た途端に大きなため息をつく。
「人の顔を見るなりため息ってどう言うことよ? 失礼じゃないかしら?」
相変わらず自信満々で上から目線の発言をしてくるのは、もちろん沙奈だ。彼女は、藍沢さんの席の上に弁当を置くと、さも当然のように広げはじめた。
「勝手に座ったら怒られるよ?」
「小春ちゃんは怒っても可愛いからいいのよ。それに彼女多分戻ってこないわよ?」
「えっ?」
「だって、さっき伊藤と一緒にいたわよ。たぶん、一緒に学食にでも行ったんじゃない?」
俺が驚きのあまり「なんで?」と発すると同時に、右隣からガタッっと何かが崩れるような音がした。ふと振り返ってみると、坂本さんが地べたに座り込んでポカンとしていた。椅子から落ちたの??
「愛!? 大丈夫かしら、怪我してない?」
沙奈がとっさに彼女の元へ行き、手を貸す。彼女は手をつかんでなんとか立ち上がると、スカートを払い、席につく。
「大丈夫、大丈夫。心配かけてごめんね。話を続けて」
「大丈夫ならいいけど……それで、なんの話だったかしら?」
「なんで藍沢さんと伊藤が一緒にいるかって言う話」
「ああ。その話ね。私は知らないわ?」
「そう…………じゃ、じゃあ伊藤って誰なの?」
すると、沙奈はすごくつまらなさそうにため息をつくと、ゆっくりと口を開く。
「
俺にとっては初耳の名前で、誰? と首を傾げる。去年のクラスメイトにもいなかったし、委員会とかでも伊藤っていなかったような……
頭の中を探っていても全然覚えがない。だけど、右隣はまるで覚えがあるかのようにビクッとしていた。
「なんか妙に藍沢さんに妙に熱視線を送っていて、気になったから知ってるだけ」
沙奈は至って淡々と口にする。なんとなくの機嫌の悪さを感じながらも「へぇ〜」と相槌を打っていると、今度はゴツンと鈍くて痛々しい音が響いた。触れた方がいいのか解らない俺は、その音を聞かなかったことにして話を続ける。
「まあ、確かに昨日も目をしっかり合わせていたし、気があるんだろうね……」
するとまたゴツンと鈍い音してから、ゴンゴンゴンと何度も聞こえて……
「姉貴! 早まらないで!!」
坂本さんは俺の声に反応すると、その痛々しいヘドバンをやめてこちらに振り向いた。おでこが赤く腫れていて、見るからに痛そうな顔をしている。
「あーダイジョブ、ダイジョウブ。ほら、私息してるから! 生きているから! 胸の鼓動確認してみてよ!」
すると、坂本さんは俺の手首を掴み、ぐいっとその胸元へと近づけて……
「こら! どさくさに紛れてセクハラしないの!」
沙奈は触れるか触れないかの所で俺の手を引き剥がすと、坂本さんの頭にチョップした。すると彼女は落ち着いたのか、顔を赤くして俯いた。
「野村くんごめんね。私……どうかしていたわ」
「ほんとどうかしているわ。いつもしっかりしている愛がどうして……」
沙奈は不思議そうに首を傾げ、それと一緒に金髪もふわりと舞う。そしてしばらく考える素振りをすると、何か思い当たったのか、いきなり驚いたような表情をする。
「愛! もしかして、愛はいと……」
沙奈の声の後半はモゴモゴしていて、何を言っているか解らなかった。沙奈の口をこれでもかと言うほどしっかり抑えた坂本さんは、顔を真っ赤にしながら「なんでもないから! ないでもないからね!!」と必死に連呼する。
そして、沙奈の腕をガシッと掴むと……
「野村くん、ちょっと沙奈借りて行くから」
そう言って坂本さんは、反発する沙奈を無理矢理を引っ張ってどこかへ行ってしまった。沙奈が「裕太、助けて!! 私お昼ご飯食べたいの!!」と叫ぶのをガン無視して。
無性にデジャブを感じる彼女らが教室を去ると、俺は一人になった。坂本さんのことが心配だとは思ったけど、それよりも伊藤について気になっていた。
昨日の伊藤の目つきにしろ、態度にしろは、間違いなく藍沢さんへの好意だと思う。やっぱり藍沢さんって、モテモテなんだよね。あんなに可愛いんだし、男子が放っておくわけがない。
今頃だって、彼と仲睦ましくご飯を食べているのかもしれない。もしかしたら、俺の隣になるまでも、ああやって何度も何度もご飯を食べているのかもしれない。
「嫌だなぁ………………えっ?」
ふと口をついた言葉は、自分にもよくわからない感情だった。
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