第26話 無心は万能

【前回のあらすじ】

「(坂本)愛さんブチギレ」


 人気の無い階段で、湿気のせいで若干湿った床に立つ彼女は、キラキラとした金髪に似合わないような深刻な表情で俯いた。


 でも、それが、仲村沙奈という女の子の本質を表しているようにも見えた。


 沙奈は派手な金髪をまとっているから、一見軽そうだったり、チャラそうだったり不真面目そうな印象を抱く。でも近づけば近づくほど、金髪のイメージからかけ離れた、真面目で優しい人だとわかる。


 確かに、私が恋していたことはあれだけ笑い飛ばしていたけど! でも、(伊藤)康太との話になると急に深刻な顔で俯いた。軽い女子だったら、「それは大変ね」と半笑いでいうと思うし。私の恋情と同様に笑い飛ばしているかもしれない。まあ、私の恋も笑い飛ばすようなものじゃないんだけど!

 

 だから、教室に向かって隣を歩く彼女は黙り込んでしまっていた。


「まあ、あんまり気にしないで。私たちは私たちで勝手にやるから。沙奈は野村くんと藍沢さんのことを考えればいいから」


「でも……」


「はいっ! もう教室も見えたし、そんな表情、野村くんにも見せられないでしょ?」


「それもそうね……」


 と沙奈の表情が明るさを取り戻そうとした時、まるで見計らったようなタイミングで放送は鳴った。


「二年三組野村君、職員室まで来てください」


「あら、裕太呼ばれているじゃない?」


 と沙奈がつぶやいた数秒後、野村くんは走って職員室ま向かっていった。野村くんは私たちに気づかずに早足に廊下を突っ切ると、角を曲がり、私たちの視界から姿を消した瞬間、「きゃあっ」と聞き覚えのあるか細い声が聞こえた。つい私たちは顔を見合わせて、立ち止まる。そして、曲がり角から姿を表したのは……


「やっぱ、藍沢さんじゃん!」


 藍沢さんは、私たちを見ると、恥ずかしかったのか頬を赤らめ俯いてしまった。


* * *


「沙奈ちゃん、邪魔!」

 

 私と沙奈の二人と、藍沢さんはほとんど同時に教室に帰ってきて、私は自分の席へ、沙奈は藍沢さんの席へ、そして藍沢さんは…………不満顔で立っていた。


「えーいいじゃん!」と沙奈がまるで自分の席かのように居座って、「よくない。自分の席戻って?」と迷惑そうに眉をひそめる。でも、沙奈はそんなこと気にせずに、私を見る。


「今日から私が藍沢よ! よろしくね愛……いや坂本さん」


「『こんな藍沢さんは嫌だ』の中でもレベル高いわよ?」


「坂本さん、辛辣です……」

 

 沙奈は無駄に小さな声で、ボソボソとつぶやいた。藍沢さんの声真似をしているのかもしれないけど全然似てなくて、藍沢さん本人はさらにムッとする。


「私、そんなぺったんこじゃないから?」


「なっ! ちょっ! そ、そんなことないわよ!!!!」


 沙奈は顔を真っ赤にしながら大声で叫んだ。教室中から注目を浴びていたけど、そんなこと気にする様子もなく、続ける。


「そ、それに小春ちゃんがその席に座ればいいじゃん。だって、その席は……」


 沙奈がそう口から発した瞬間に、椅子がガタンと鳴り、椅子取りゲームの決着がついていた。もちろん、藍沢さんが近くて椅子のほとんどを占領していた。それでも、沙奈が割り込もうと藍沢さんを押すけど、乙女の意地なのか、藍沢さんはびくともしない。


「あんたら、さすがだわ!」


 私は思わずツッコンでいた。好きな人の席に座りたいってどういう欲? その人の所有物だったらなんでもいいの? もはや公共物だから所有もしてないのだけど。それでも藍沢さんは満足そうだ。


「うるさい、愛だって恋する乙女じゃない!」

 

 事情を知らない藍沢さんは「恋する乙女?」と首を傾げる。まあ余計なことを言ってくれたもんだ。


「藍沢さん、気にしなくていいからね? それより沙奈は、そんなに動画を送って欲しいのかしら?」


「愛、目が怖いわ?」


 私ってそんなに目に現れるタイプなのかな? できるだけ表には出ないように意識しているんだけれど。まあ、それはそれとして、私には聞かねばならないことがあった。


「と、ところで藍沢さん? 藍沢さんは、伊藤と学食に行ったってほんと?」


 すると彼女は驚いたように目を丸くした。


「えっ、なんで知って……はっ!!」


 彼女はまるで心でも読まれたかのように青ざめていて、私の目をにらんできた。なに、そんなに私って目に現れるタイプなの?


「どうしたの、藍沢さん? 私の目に何かついてる?」


「無心、無心、無心」


「おーい、小春ちゃーん??」


 沙奈も不思議がって。藍沢さんに声をかける。だけど、彼女は相変わらず謎の言葉をつぶやき続ける。


「無心、無心、無心」


「愛は小春になんかしたの? 恐怖のあまり悟りまで開いてるわよ!」


「何もしたつもりはないんだけど……」


 私はそうやって冷静を装いながら、心の中では青ざめていた。もしかして、藍沢さん康太になんかした?? 確かに昨日の藍沢さんは康太に対して満更でもなさそうだった。それって、二人の仲が親密になったってことじゃ——

 

「おーい、愛さーん?? なんで、愛まで無心を唱えてんのよ? 何? そんなブームでもあるのかしら?」


——そして、康太と仲良くなった藍沢さんは話している中で私の恋心に気づいて、恋敵の私を気まずく感じてあんな反応になっている…………あり得る話ね。だとしたら……私詰んでない?


「…………ょっと愛、何痛々しいヘドバンしてるのよ?」


 その沙奈の声で、ハッとなり。やっと妄想に飛んでいた意識を取り戻した。


「坂本さん本当に大丈夫?」


「って、野村くんいつのまに帰ってきてたの?」


 いつの間にか野村くんが彼自身の席の前、要するに藍沢さんの座る前に立って、困ったような顔をする。


「ついさっき。みんなで無心なんてつぶやいているから、集団催眠にでもかかったかと思ったよ?」


「私、無心なんてつぶやいてないけど?」


 なんの話をしているのだろう? イマイチにわからなかったけど、おでこがジンジンと痛んでくる。


「で、それでなんで藍沢さんが帰って来ても、沙奈が陣取ってるんだよ?」


「いいじゃない? 減るもんじゃないし。おーい、こっはるちゃーん?」


「おーい、藍沢さん!!」


 沙奈に続けて野村くんも声をかける。これ藍沢さんは意識が戻ったら死ぬほど赤面するやつだと、私は無意味に手を合わせた。


「無心、無心、無心、野村くんの声も幻想」


「幻想じゃないんだけど?」


 そこで、不意に藍沢さんの声が途切れた。藍沢さんの心の中なんて私にはわからないけど、おそらく色々思考回路を回して、現状を把握してそろそろ……


「ほふぇっ?」


 藍沢さんは素っ頓狂な叫び声をあげると、ロボットのように、ギギギと首を捻り、野村君が認識できる角度まで、顔をあげた。そして、一瞬の内に顔が見て取れるほどに真っ赤に染まり上がって……


「きゃあああああああああああ!!」


 彼女は突然立ち上がり、一直線に廊下へと突っ切って行ってしまった。


「小春! もう授業!! 授業、始まるから!!」


 沙奈は暴走した藍沢さんを止めるべく、追いかけてった。私も腰を浮かしかけていたが、さすが似たもの同士。あの反応速度はたぶんどんな動きをするか、読んでいたのだと思う。そして、声をかけた当の本人。野村君は……


「えっ……」


 野村くんは手を伸ばしながらも、呆然とていた。その表情は寂しそうとも取れる、つらそうな表情だ。これは藍沢さんやってしまったか……


「たぶん、びっくりしただけだよ。そんな深い意味なんてないと思うよ」


「だ、だよね……」


 私はほんのささやかにフォローしてみた。だけど、彼の表情は変わることなく、受け入れ難い現実をどうにか飲み込もうとしているような、そんな苦しそうな表情をしていた。


 私はこのとき、野村くんの表情にすごく嫌な予感を感じていた。何かひどいすれ違いを起こしているような、もやっとした予感。ただ、気のせいだろうと私は忘れるように努めた。



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【おしらせ】

 昨日、新作を投稿しはじめました。タイトルは


『街中ですれ違った金髪美女に「私に暮らし方を教えて下さい!!」とお願いされたら、一緒に暮らすことになるのだろうか?』


です! この『まちくら』(仮の略称)は、しばらく毎日投稿する予定ですが、こちらの『藍沢さん』も、変わらずに週一投稿する予定です。

 また、この『まちくら』はジャンルは『ラブコメ』ですが、『藍沢さん』と比べて、グッと『恋愛』ジャンル寄りの作品だと思います。イメージとしては『六年後』に近い作品だと思います。

 ぜひ、『まちくら』の方も読んでいただけると幸いです!!

  


 以下、簡単な紹介とリンクです。


・紹介

 街中ですれ違った金髪碧眼美女は、ただ一人圧倒的なルックスで異彩を放っていたが、ルーズソックスにミニスカというふた昔の装いで、ファッションにおいても異彩を放っていた。悪い意味で。そんな彼女は俺の前に立つと……


「私に暮らし方を教えてください!!」


俺を見つめ、そう叫んだんだ。



・リンク

『街中ですれ違った金髪美女に「私に暮らし方を教えて下さい!!」とお願いされたら、一緒に暮らすことになるのだろうか?』


https://kakuyomu.jp/my/works/16816452218581681118

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