第19話 右隣さんの事情
藍沢さんから相談を受けた翌日の昼休み、私が教室前方のドアを見つめていると、茶髪の彼女は俯きがちに教室へと入ってきた。そして、入るや否や女子の視線が一斉に集まった。
「藍沢さん! どう返事したの?」
「え、えっと……」
藍沢さんは足を震わせながら、言葉をためらった。こうなる事を予想してたみたいで、パニックはおこしていない。だけど、言葉も出てこない。
でも、その返事をしない間は、一つの意味を持ってしまって、彼女たちの視線がより厳しくなる。
私はあわてて腰を上げた。
まさか告白のことを馬鹿正直に言いふらしてるなんて思いもしなかった。田中にとって『俺には藍沢さんしかいないんだ』という意思表示なのかもしれないけど、なんでこうなる事を読めないかなぁ。
アイツの愚痴を呟きながら、前まで歩き「藍沢さんは……」とテニス部の群れに声をかけようとした時、意外にも彼女の口から言葉を発した。
「こ、断りました……ごめんなさい!!」
彼女は絞り出したかのように、必死な表情で言ったあと、すぐに俯いた。怯えたように目を閉じているけど、あたりは静かで何も起こらない。
そして、いきなり……
「よかったぁ〜」
「ナイス! 藍沢さん!!」
「藍沢さんならやってくれると信じていたよ!!」
テニス部の面々は歓喜の渦に飲まれていた。藍沢さんに抱きついたり、手を握ったり、もうやりたい放題である。
分かりやすいなこの人たち!
無駄に賑やかな祝福ムードに、ホッとため息をつく。そしてやれやれと、その場を離れようとしたとき、ある一言がその場の風向きを変えた。
「藍沢さんはなんで告白断ったの?
藍沢さんはビクッと体を震わせ「そ、それは……」と口籠ってしまう。
冗談のつもりで言ったアドバイスが、現実になったことはさておき、まずい事になってる。
「まさか、田中くんが好きじゃなかったとか言わないよね?」
「あ、え……」
完全に言葉詰まりの彼女に、私は声をかけた。
「藍沢さんは、『私に彼は釣り合わないから断る』って言ってたよね?」
その聞き覚えのあるであろう私の声に、テニス部の面々は一斉に振り返る。
「愛、それは本当?」
「本当だよ、ねぇ藍沢さん」
彼女はいきなり振られたことに驚きつつも、必死に首を縦に振った。
すると……
「私、あんたの精神に感動したわ!!」
彼女たちは目に涙を浮かべ、今度は感動の渦に包まれていた。喜んだり泣いたり忙しい人たちだ、本当に。
でも、もみくちゃにされて困り顔の藍沢さんをみると、もう大丈夫そうだなと思って、私は教室を後にした。
助けを求めるような彼女の視線を、完全に無視して。
* * *
私は階段の最後の段を登ると、扉を開けて、屋上に一人
「あっ、振られ
振り向いた彼は期待通り、まさに苦虫を噛み締めたような顔で私を見た。
「最近妙に藍沢さんと仲良いと思ったら……そう言うことか。俺を
彼は手すりにすがりながら、吐き捨てるように言った。
「違う! 違う! 心配になって様子を見に来たつもりだよ」
「それは嫌味か?」
「だから、違うって!」
「どうせ藍沢さんに入れ知恵して、俺がフラれるように仕向けたんだろ? 本当、サイアクだよ」
私が彼の隣に歩み寄ると、それに合わせて4,5歩くらい離れた。話すのにはやや遠い距離だけど、どうせ近づいても離れるから私は諦めて声を張る。
「ちょっと、話を聞いてよ! やさぐれ過ぎじゃないかしら?」
「そりゃ失恋してるんだから、やさぐれたくもなる」
「あれだけモテるのに??」
口にした瞬間に彼の目の色が変わって、ゾクっとするような冷たい視線を向けてくる。
「じゃあモテモテの坂本は、伊藤一人に振られたところで大丈夫なんだろうな?」
彼の強い語気に押されて私は黙った。すると田中は普通の目色に戻り、満足そうに私をみる。
「ほら、お前だってそうだろ!」
「まあ、言いたいことは分かったわ。それで、私はたしかに藍沢さんから相談を受けたけど、何も言ってないわ」
「嘘つくな……と言いたいけど、今回限りは本当だと信じる。だってそっちの方がお前にとって都合が良いからな」
私は慎重に言葉を選びながら、思いっきりの嫌味を込めて口を開く。
「まあ、そうよ。ただ、藍沢さんは最初から『振りたいけどどうすればいい?』って相談してきたけどね」
「最初から眼中にすら入ってなかったのか……」
彼は、がっくりと肩を落とした。
「伊藤にしろ野村にしろ。なんでアイツらを選ぶか俺にはわからない」
「そういうところよ。そういう
「俺のどこが傲慢だって言うんだ。態度には細心の注意を払ってるつもりだが」
「でも、そう言う態度って隠しても隠しきれないものよ? 逆に優しさも隠しきれないんだけど……」
「じゃあ、どんなところに出たって言うんだ。お前には見えるんだろ?」
彼は一段と語気を強めた。謙虚な振る舞いには相当の自信がおありのようで、やけに意地になっている。
「じゃあ聞くけどさ、まあ大層に告白することを言いふらしてみたいだけど、藍沢さんと付き合った後、テニス部の女子はどうするつもりだったの?」
「普通に彼女ができたから、俺にあんま近づくなって」
「はぁ??」
私は思わず変な声を出してしまった。それほど呆れ返っていた。なんで学年トップクラスに勉強できる脳があるのに、恋愛脳は小学生以下なのよ。
「それ藍沢さんが不幸になるじゃん。あんたもうちょっと自分の立場
「立場ってなんだよ? 意味がわからねえよ」
彼の表情かなり歪んでいて、今にも爆発しそうなくらい怖かった。私は
「まあ、わからないならいいよ。私が言いたいのは、もっと謙虚になりなさいっていうアドバイスだったのに、聞く耳を持ってなさそうね?」
「そりゃ当然だ。俺は謙虚だからな」
「言い切れるのがすごいわ……まあ、じゃあアンタは、メンタル強そうでミーハーな女子を選ぶべきよ。藍沢さんとか私みたいにイケメンに
「アイツらは、俺の顔しか見ないから嫌だ」
そう、彼の告白を退けた私がいまだに関わっているのはこういう所。性格は
「それで、お前の方はどうなんだ? 伊藤と進展はあったか? あいにく伊藤は相変わらずのようだが」
「さあね……アンタに相談するほど落ちぶれては無いわ」
「そうか。相変わらずつれない女だ」
彼はそうつぶやくと、ゆっくり歩いて行き校舎へと降りて行った。その後ろ姿はいつもの自信満々のイケメンと違って、どこか寂しそうで、私は自然とため息をついた。
「失恋かぁ〜」
別に私は失恋したわけじゃない。ただ、好きな人が私じゃない人に靡いているだけだ。でも、いつ何が起こるかなんてわからない。
「うらやましいな、藍沢さんは……」
私はもう一度ため息をつくと、ゆっくりとドアを開け屋上を後にした。
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