第13話 ちょっとした重大事故
【前回のあらすじ】
「藍沢さんが号泣したかと思ったら、いつの間にかステレオ音質になっていた」
日が向き始めそれでもまだまだ明るい夕空に、俺と藍沢さんが校門前で待っていると、校舎から
「待たせたわね、ちょっと授業が長引いちゃって」
「いいよ、じゃあ行こうか」
俺が一歩足を踏み出して、それに藍沢さんも続く。だけど、沙奈だけは立ち止まる。
「ま、まあ、仕方なくついていってあげてるんだからね!」
いつも通り胸をはる沙奈に、藍沢さんは冷ややかな目線を向けた。
「じゃあ帰っていいよ……ふたりで行くから……」
藍沢さんはプイッと前を向いて、早足で歩きはじめてしまった。グイグイ一人でに進んでいく藍沢さんに、俺は必死に追いついて足止めをする。
「あ、えっと……映画って何時だったからだっけ?」
「えっと、五時半からだった思う。ちょっと待って……」
藍沢さんは足を止めると、スマホをぺたぺたと触り時間を調べ始めた。俺は少しホッとして、その間に沙奈の方を向く。
「えっと、でも来てくれてありがと…………あれ?」
振り向いた先には沙奈はいなくて、校門の前に取り残されていた。
紗奈との距離は少し遠いから「沙奈、行かないのー?」と叫ぶと、ハッと顔あげる。
「あ、いや、もちろん行くわよ! 何置いていってるのよ!」
沙奈は慌ててかけってくると、それと同時に藍沢さんが映画の時間の確認を終えて、再び三人で歩きはじめた。
* * *
近所のエオンに着くと、ポップコーンと飲み物を買ってから、映画館へと入った。
そのゲートから映画館に踏み入れれば踏み入れるほど、徐々に暗くなっていき、ショッピングモールの喧騒から切り離されていく。暗い館内では大きなスクリーンだけが光っていて、不思議な広告が流れ続けている。
平日の映画館はかなり空いていて、見やすそうな中央あたりに席をとり、俺を真ん中に左に藍沢さん、右に沙奈が座った。
出る前には「こんなちゃちな映画で私が泣くわけないでしょ」と声を張っていた沙奈もこの静かな雰囲気ではひそひそ声で話す。
「映画なんて、小学校の時に裕太と行って以来よ」
「友達と行ってそうなイメージがあったけど?」
「案外深くは遊んでいないわ、学校で一緒にいるから流れているだけよ」
そんな他愛のない話をしていると、目の前のスクリーンでは広告が終わり画面が暗くなった。そして、大画面が奏でる映画の世界に引き込まれていく。
* * *
————
時は経ち、二人が高校生になったとき、男の子が重い病気を患ってしまう。それでも少女は、想いを伝えることができずに、ついに叶わない望みとなってしまった。
少女が悲しみに暮れる中、見つけた置き手紙には「好きでした」の一文があって、少女は泣き崩れた……
————
スクリーン上で紡がれる物語に、俺はついのめり込んでいた。
最初は「ベタなやつだろう」と心の中でバカにしていたけど、とんでもない。すれ違う二人の心にドキドキしたり、少女の健気さに心打たれたりと、案外楽しんでいた。少女の性格が昔の沙奈に似ていて、懐かしさもあったのかもしれない。
そうやって、ここにいる事さえも忘れて、スクリーンをにのめり込んでいると、物語は急展開を迎えた。そう、男の子の病気が発覚したのだ。もちろん、スクリーンの向こうは一気に重い雰囲気になって、その憂鬱は館内までもを包んだ。
俺もそんな空気に飲まれたのか、手すりには汗が
その柔らかい温もりは遠慮がちに手の甲に触れると、ふんわりと手を包む。
俺は女の子の柔らかい手のひらに、心拍数が飛び跳ねた。心臓の鼓動はやけにうるさくて、もう映画の内容なんて入ってこない。
俺の手に触れる、儚い手のひらの感触は、映画が進むたびに現実味を帯びていき、クライマックスではぎゅっと手を握っていた。
そんな藍沢さんも、映画が終わるとパッと手を離して、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
朝まで引きずって泣いていたんだし、誰かの手だって握りたくなるよね。まあ一種の事故のようなもので、しょうがないよね。
でも、そんなことより、右側の方がよっぽど大問題だった。
沙奈も最初は遠慮がちに手を握っていたけど、次第にエスカレートしていって……
今現在、俺の腕にぎゅっと抱きついている。
『どうしてこうなった!!』
それも体のラインをぴったりと押し当てるように抱きついているから、僅かながらにある膨らみに触れてどうも恥ずかしい。
だけど、映画が終わっても離れる気配がなくて、「大丈夫?」と問うと、「大丈夫じゃない……」と返ってくる。その泣き顔はまるで昔の沙奈を見ているようで、無理に剥がすのもなんだか気が引けた。
だから仕方なく沙奈が腕に抱きついたまま映画館の外に出たけど、藍沢さん? なんか怒ってらっしゃいますか?
* * *
私が怒っているか、怒っていないかで聞かれたら、私は怒ってる。まあ、誰かに「怒っている?」と問われたわけじゃないけど、愚痴の一つでも言わないと納得できない。
「藍沢さんの言うとおり、映画泣けるね。こんな感じに沙奈も大号泣だったし」
向かい側に座る野村くんは、苦笑いしながら右側を見た。隣の席には金髪さんがいて、ぴったりと席もくっつけている。
映画が終わると、私たちはエオンにあるカフェに行った。というのも野村くんの右腕にいる金髪さんが離れないからなんだけど。
「感動が共感できて嬉しい」
そこは嬉しいんだけど、やっぱりその右が気になる。私だってしたことないのに、そんなぴったりとくっつくなんてズルい! それに最初あれだけバカにしていたのに結局野村くんに抱きついちゃって、ほんとワガガマもいい加減にして欲しい。納得なんできない。
「沙奈もそろそろ離れよう」
野村くんが諭すようにつぶやくと、金髪さんは腕から離れたから少しホッとする。だけどこの時、沙奈がどんな表情をして、どんな目で野村くんを見ていたか。ちゃんと確認しておけば、あんなことにならなかったかもしれない。
「でもこの映画、あんま有名じゃないよね? 誰かに教えてもらったの?」
私がその言葉にゆっくり答えようとした時だった
「好き……」
事故が起きた。大事故が起きた。
突然聞こえたのは金髪さんの声で、別の可能性は排除するかのように、他の誰でもない野村くんをじっと見て「好き」だと言った。
『……ウソでしょ』
あまりにも突然の展開に、私の頭は真っ白になった。
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