第51話  となりの席の藍沢さんは俺の心が読めるらしい


 テスト翌日、はたまた康太が藍沢さんに告白する日。私は誰よりも先に学校に来た…………つもりだった。


 いつもより一時間も早く家を出たから、学校が開いているかどうかも心配なくらいだった。


 それなのに、教室には先客がいた。


 私はその人影に思わずカバンを落とした。あまりにも突然の邂逅すぎた。


 だって、私のクラスの中央に、康太が座っていたんだから。


 康太はカバンの音にすぐさま振り向く。そして、私を見てがっかりしたような表情を見せる。


「なんだ、坂本さんか……」


 明らかに藍沢さんを求め、藍沢さんを待っている。彼の態度一つで、私の心は強く締め付けられる。


 痛みを我慢しつつ、いつも通りを振る舞う。


「悪かったわね私で。さすがに早いわね」


 これでも一杯一杯だった。彼と話しているだけで息苦しくなってくるし、体の震えも止まらない。たぶんもうもたない…………


「坂本さんも随分と早いじゃん。どうしたの?」


 私は黙って彼の前に立つ。大きく深呼吸をする。いきなりどうしたと、康太が不思議そうに見る中、私はぎゅっと拳を握りしめる。



「私は……康太のことが大好きだから…………その、付き合ってください!!!」


 私は大きく頭を下げた。

 決してはっきりと言えたわけじゃない。いっぱいいっぱいの中でかろうじて絞り出した言葉。でも、想いは伝わった。


 その証拠に、彼はキョトンとしていた。


「えっ?? はっ? ………………え??? ど、どういうこと???」


「どういうことも、こういうこと……」


 私は頭を下げたまま口にした。とても彼の顔を見れなかったし、これから彼が紡ぐであろう言葉と表情を知りたくなかったから。


 彼は多分困った顔をしていると思う。しばらくの間が空いたあと小さな声が聞こえた。


「知ってると思うけど、俺は藍沢さんが好きだから…………ごめん」


 彼の言葉は意外にも申し訳なさそうだった。私はそれだけでも十分だった。予想していた結果が、予想通りに口にされて、予想以上に優しく断られて、私は満足だった。満足だったはずなのに…………


 私の瞳には雫がつたう。


 私がしたのは、勇気を出して告白すると覚悟した彼に、先に告白するという嫌がらせ。だから、これ以上は迷惑かけたくない。せめて泣き顔だけは隠さないと……


 私は下を向きながら、彼に背を向けた。

 

 そして、「いいよ」と一言口にして、この教室を去ろうと思った。だけどその時、廊下から足音が聞こえた!


 もしこれが野村くんや藍沢さんだったら…………

 

 泣き顔を見た途端、康太が告白どころじゃなくなってしまう………… 

 焦った私は隠れられそうなところを必死に探す。そして、迷わず掃除道具入れの中に飛び込んだ。


「えっ、何してんの??」


 と康太が真っ当な疑問を口にしていると、その足音はこちらの教室に踏み入った。


 この掃除道具入れは小さな穴はあるけど、大きくなくて外の状況はわからない。だけど、声で誰が入ったかすぐ分かった。


「こう……くん…………」


「あっ、ちょっと待って!! 小春」


 ただひたすら声のみが伝わってくるやりとり。足音も聞こえたからおそらく藍沢さんが逃げようとしたところを捕まえている状況だと思う。だけど、この状態だと…………


 これまでは藍沢さんや野村くん側に立っていたから感じなかったけれど、フラれて初めてわかるものがある。


 私は自分のことではないはずなのに、さっきよりもひどく心が痛む。目を塞いで耳を塞いで、時を止めたくなる。だけど、現実はそのまま流れていく。



「小春! 俺は小さな頃から小春が好きだ!! だから…………付き合ってくれ!!!」


 彼は大きな声で言い切った。その声には、想いというか執念のようなものがこもっていて、藍沢さんに向けられた言葉であっても、私までドキッとした。


 彼の全力の声が、教室に反響し終えると、あたりは静かになった。秒針の刻む音すら聞こえてくるような、静寂、無音、張り詰めた空気。


 私がさっき経験した時間より、何十倍も長くて重たい空気。


 そして、次に聞こえてきたのは、藍沢さんのか細い声ではなくて、康太の悲痛な声だった。


「どうして!! それは、幼馴染だから??? 俺が悪いから?? それとも…………野村が好きだから???」


 彼の問い詰めは、そこで途切れた。きっと残酷な答えが見えてしまったんだと思う。


 私は今すぐにでもここを飛び出したい衝動に駆られた。こんな彼を放っておけない。私はギリギリのところで衝動を抑え、道具入れの薄ぺらいドアに張り付いて言葉を待つ。



「そうか…………どうしてもって言ってもだめ…………だめか、分かった」


 その後、大きな間があった。分かったと口にはしたけど、こんな残酷な現実が簡単にわかるわけがない。わかってたまるものか。

 たぶん彼も諦めきれずにその場に立っていたのだと思う。


 そして、寂しい足音が廊下に向かった時、私はバンッと用具入れから飛び出した。ポカンとする藍沢さんを無視して、彼を追いかける。そして、彼の背中に飛びついた。


 彼は私を振り解こうと体を捩るが、私は必死にしがみつく。こうでもしないと泣き顔が見られてしまうから。そして、私はいつもを装いいたずらっぽ声を出す。


「藍沢さんに振られた感想は???」


「うるせえ……」


 彼は私がしがみついたまま歩き出すので、私は足が絡まないよう、歩幅を合わせて歩く。


「失恋者同士、ちょっと話さない…………?」


「俺は……まだ諦めてない…………」


「私も諦めてないから!!!」


 彼はその言葉を聞いて、立ち止まる。


「いくらフラれたからといって、すぐすぐ次の人に乗り換えるような軽い男じゃないからな、俺は」


 私はやっと彼から離れる。赤く腫れた目を見て、少し驚いていたけれど、少し微笑んだ。


「まあ、その、話すか……」


「そうこなくっちゃ!!」


 彼はくるりと振り向くと、乱暴に前へと歩きだした。私はそんな彼の背中を追いながら……


『野村くん! 私は頑張ったよ。だから、あとは頑張って!』


 心の中で必死に祈った。


* * *


 息を切らしても、なかなか校舎は見えてこない……


 もうすでに全ては終わっている、そんな時間なのかもしれない。


 夜遅くまで探して見つからなかった俺は、不安が込み上げていた。心の中に渦巻く不安というモヤモヤは俺を眠らせてくれなかった。


 明日は伊藤より早く行って、先に想いを伝える。そう決めていたから、早起きは必須だった。


 だから、深夜二時くらいに寝るのを諦めて、起きておくことを選択した。この選択が、間違えだった。


 朝ごはんも食べずに飛び出したけれど、このままだといつもの時間くらいにたどり着いてしまう。


 伊藤も俺と藍沢さんがこの時間帯に来ていることは知っているはずだから、それより前に来るなんて、容易に想像できた。


 だから、少しでも早く。一歩でも前に。俺は足に鞭を張って、学校まで走る。


 息を切らしながら入った教室にはすでに藍沢さんがいた。これまで、いくら探しても見つからなかったものが、いとも簡単に見つかって、俺は思わず腕を掴む。




「はぁはぁ……やっと捕まえた…………」


 そして顔を合わせた瞬間、藍沢さんは困ったような表情していて、俺はすぐに手を離す。


「ごめん」


 藍沢さんは下を向きながら首を振る。

 

 俺は彼女の様子をじっと確認したけれど、すでに伊藤が来たのか、来てないのか判断がつかなかった。だけれど、言うしかない、そう心に決めていたから、俺は思い切って口を開く。



 今度は逃げられないように、心のタイミングを待たずに。



「藍沢さん聞いてほしい!」


 藍沢さんは大きく頷く。その大きな目を見開いて、俺を見る。


「俺は…………藍沢さんの隣にいたい!!!!!」


 藍沢さんは俺の目を見つめたまま、頬を緩めた。


「野村くんが言っていること…………意味がわからないよ?」


「えっと、その。やっぱ一緒にいて楽しかったから……まだ、友達と呼べるほど話して無いし…………でも、隣にいたいから!!」


 俺は頭を掻きながら言葉を並べた。たぶん意味を成してない、ただの思いを並べただけ。でも、その姿が良かったのか悪かったのか、藍沢さんは微笑んだ。


「でも、席替えになったら隣じゃなくなるよ…………」


「それでも、隣がいい!!」


 彼女は呆れたように微笑むと、再び大きく頷いた。茶色のふわふわした髪が綺麗に靡く。


「…………でも、まだ好きとはいってくれないんだね」



「なんか言った?」


「ううん、何でも??」


 彼女は悪戯っぽく笑う。その笑顔は卑怯で、それ以上追求できなくなってしまう。


「でも、私こそごめんなさい……これまで逃げてばかりで…………」


 彼女は少し下を向いた。でも、「俺が気にしなくていいよ」と言う前に、顔をあげた。そこには眩しいばかりの笑顔が咲いていた。


「これからは、逃げないから…………隣にいるから…………その、よろしく…………」


 彼女は小さな手を、ゆっくりと差し出した。


 何度かふれたことがあるその柔らかい手、俺はその手に優しく触れようとした時…………


「あーっ! いい雰囲気になってる!! それはライバルとして、どうなのかしらね、小春??」


 藍沢さんはその声を聞いたとたん、手をさっと後ろに隠す。からぶった俺の手が寂しく遊んで、ちょっと傷ついた。


 教室の入り口に立っていた声の主。それはもちろん沙奈だった。彼女は厳しい視線で、俺の手を睨んだ。


「小春も仲直りしたのだから、これからはちゃんとルールを守ってもらうわよ?」


 沙奈は厳しい声で言った。だけど、藍沢さんは…………




「どうしよっかな???」





 と悪戯っぽく笑った。


 その笑顔に沙奈は怒って文句を言ったけれど……




 俺は心臓の鼓動が止まらなくなっていた。









 

となりの席の藍沢さんは俺の心が読めるらしい 終わり



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あとがき

ここまで本作『となりの席の藍沢さんは俺の心が読めるらしい』を読んでいただきありがとうございました。

去年の10月から、約9ヶ月間、15万字の作品になり、長い作品となりましたが、お付き合いいただきありがとうございます。

たくさんの応援や星評価など、大変励みになりました。


詳細なあとがきは近況ノートに掲載しますが、反省文みたいになっているので、本作を楽しく読んでいただけたなら、見ないことをお勧めします。


最後になりますが、次作の設定を練るためにしばらくの間、投稿を休止します。(Twitterか近況ノートでなにかを呟く予定ではあります)

もし次作に縁がありましたら、読んでいただけると幸いです。


以上です。


さーしゅー





 


 

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