第20話 茶色のごわごわ


【前回までのあらすじ】

「自信満々に告白した田中くんは、なんやかんやあって振られて落ち込んだ」




 窓から見える景色はどんより暗く、ザーザーとふる雨音がやけにうるさく響く。グラウンドに打ちつける雨は地面をぴしゃぴしゃと濡らし、しっかりと水を含んだ黄土色の砂が外に出る気を削いでくる。


 俺は雨音しか響かないひとりぼっちの教室で、大きなため息をついていた。


 もちろん学校に来る時間なんて人それぞれだし、別に毎日同じ時間に来ることもない。それに、どうせ来ていたところであいさつをするくらいで、「おはよう」以外の会話はない。だから、別に何かを気にする必要はない。


 だけど……


 独りでにクスクスと笑う彼女の微かな声だったり、彼女が動いた時の衣擦きぬずれ音だったり……教室に二人いるだけでも妙に心地よくて、となりにいない今がすごく寂しく感じる。


「いつもなら来ている時間なのになぁ……」

 

 俺は頬杖をつきながら、ため息混じりにつぶやいた。もどかしさを吐き出すように。

 

 そして、一人たいくつに座っていると、廊下から軽い足音が聞こえてきて……


「あっ、藍沢さん待ち?? 早いねえ」


 人をからかうような声と共に、相変わらず短髪の坂本さんがひょっこり顔をのぞかせた。


「べ、別に待ってないから……」


「あら? へぇ……」


 彼女は一瞬驚いたように目を細めると、ちょっとニヤけたような生暖かい視線をあびた。なんだかよくわからないけど、馬鹿にされている気がして言い返す。


「坂本さんが思っているようなことじゃないからね?」


「そう? それで、藍沢さんはね……」


「だから、待ってないって!」


「まあまあ、藍沢さんね、実はか……」


 坂本さんはそこまで自慢げにしていたのに、突然口を押さえた。


「……あれ、言っちゃいけないんだった」


「なんか、言った?」


「ううん、なんでもなーい」


「それで、藍沢さんがどうしたの?」


「やっぱり気になるんだ〜」


 坂本さんは、またもやニヤけ顔で俺をみる。


「そりゃ、途中まで言われたら気になるよ!」

 

 彼女はアゴに手を当て、左上をにらむ。何かを考えている風にも見えて、黙って見ていると……


「さらば!」


「あっ、おい!!」


 突然視界から消えた彼女は、一目散に逃げていってしまった。教室にはまた誰もいなくなって、出口には残像だけが微かに残る。


『あれは一体なんだったんだろう……』

 

 俺はもう一度大きなため息を吐いた。



* * *


 それから雨は止むこともなく、教室に人が集まり始めた。


「雨うっとおしいーー」

「梅雨入りらしいよ?」

「えー、サイアクじゃん。はー、だるーい」


 みたいな会話が教室の至るところから聞こえてきて、教室全体の空気もなんだかジメジメしているように思えた。


「はぁ〜」


 俺は今日何度目かわからないため息をつきながら窓の方を見ると、やっぱりザーザー降っていて、ガラスにも幾多の水滴が垂れている。そんなつまらない景色を眺めていると、ふと茶色い髪がふわりとなびいた。


「……おはよう」


 藍沢さんはいつも通り小さな声で呟くと、髪を流しながら、いつも通り席に着く。


「おはよう」


 俺もいつも通りにあいさつしたけど、ふとさっきの話を思い出して彼女の横顔を眺めた。藍沢さんが視線を気にして、チラチラとこちらを見ていることなんて気にせずに。


『それにしても、さっきの坂本さんは何だったんだろう…………藍沢さんは一体どうしたのかな』


 その瞬間、藍沢さんはバンっと激しく椅子から立ち上がると、俺の後ろを通り坂本さんの前に立った。


「…………坂本さん、わかるよね?」


「えー、何もわからないよー」


「…………」


 藍沢さんは無言で坂本さんの腕をガシッと掴むと、無理矢理引っ張って、明後日の方向に向いて歩き始めた。


「野村くん助けてー!!!」


 坂本さんはそう叫びながら、藍沢さんに回収されていった。


『一体どうなっているんだよ!!』

 

 何か隠し事があるみたいだけど、俺に言えないようなことなの? もしかして嫌われた??


 どんよりとした空模様も手伝って、俺の不安は増してくばかりだった。



* * *


「坂本さん……言わないでって言ったよね??」


 藍沢さんに力強く引っ張られて向かった先は、誰もいない奥の方にある階段だった。そこで、彼女は私の目を不満そうに見つめながらそう言った。


「だから言ってないって!」


 そう、私は本題についてはギリギリ言っていない。でもこれはフォローしなきゃいけないよね……


 なんて、苦笑いしていても、藍沢さんは真剣な目で見つめて来る。


「でも、野村くん言ってたよ?」


「藍沢さんとの話聞いてたけど、そんな話してたっけ?」


 すると、突然藍沢さんはあわてふためいて、言葉を濁す。 


「あっ、えーと、そ、それは、顔を見れば何考えているかわかるから」


「もしかしてラブパワー?」


 私がニヤニヤしながら言うと、彼女は私の横腹あたりを軽く叩いて「ばかっ……」と顔を真っ赤にした。


 相変わらずかわいいなぁ〜と思いつつも、私は少し引っかかりを覚えた。


『さっきのは何を誤魔化したのだろう?』


 明らかに何かを誤魔化していたのだけど、それがなんなのか見当もつかない。でも、今はそんなこと聞けるような雰囲気でもなく、彼女の不満は続く。


「とにかく! 野村くん気にしてた……」 


 彼女は『大問題なんだからなんとかしてよ』と言わんばかりに私を見つめてくる。でも、そんなの……


「癖毛くらい言ってしまえば良いじゃん」


 早朝にかかってきた電話から、この世に絶望したかのような声音が聞こえた時には、心臓が止まるか思うくらい驚いたけど、それが癖毛だと聞いて、電話を切りたくなった。っていうか、切った。そして、再びかけると、不満たらたらの声で悩みを相談し始めた。 


 彼女の髪はジメジメした空気をいっぱい吸うと爆発するらしい。朝、いっぱい時間をかけて直すけど、それでも直らなくて、ひどい髪になってしまうと。


 でも、目の前の茶色のふわふわは、いつものとなんら変わらないように見えて、私はため息混じりだった。


 だけど、藍沢さんは納得しないようで……


「言えるわけない! だってこんなに酷いんだよ……それに、あれ!」


 藍沢さんが廊下のはるか遠くを見つめていて、私も目をやってみると金髪ストレートが輝いていた。



「沙奈さんはあんなキレイなんだよ……こんなんじゃダメなの……」


 私は頭を抱える彼女に「今、停戦期間中なんだしいいんじゃない?」と適当に返事をしつつ、心の中では『大差ないんだけど??』と嘆いていた。


 だって、廊下の向こうで胸張ってらっしゃってるけど、あの金髪さんからも朝電話もらったからね? まるでこの世が終わったかのような声音で話すから、「癖毛?」と聞いたら、「エスパー?」驚いていたけどそうじゃない。


 二人ともそっくりすぎる!!

 

 でも、藍沢さんはそんな私のもどかしい想いをつゆ知らず、今度は私の髪に目を向ける。


「いいよね坂本さんは、綺麗な髪で、ヘアピンも似合うし……」


 そのセリフも、さっき聞いた。一字一句すら間違っていない。もし、この流れなら次の一言は……


「私もそんな髪が欲しかったって??」


 すると、藍沢さんはぽかんと口を開けて、しばらく固まっていた。


「でも、エスパーじゃないからね??」


 今度は目を大きく見開いてから、真剣な眼差しで私をみる。


「もしかして……坂本さんって私の心を読めるの……?」


「さあね? まあ、そろそろ授業始まるから席に戻ろう??」


 あらぬ方向に勘違いされたし、とにかく面倒くさいので、私は切り上げることにした。


 でも、教室に戻るとき藍沢さんからやけに視線を浴びていたことには気づかなかった。

 


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 相変わらず週一のゆっくりペースの更新となりますが引き続き応援のほどよろしくお願いします。







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