第21話 ふわふわのショートヘアー
【前回のあらすじ】
「藍沢さんは超癖毛」
藍沢さんが坂本さんを引っ張って行ったあと、このクラスは静かにざわついていた。明らかにいつもと違う雰囲気に、ヒソヒソと囁かれる声、そこから浮かび上がるのは……
『あの石原さんが髪型を変えた』
クラスのアイドルを通り越して、『学校の国民的美女』という、言葉としてもよくわからない地位までのぼり詰めた石原さんは、もはや髪型の変化でさえニュースになる。
このニュースは、通学中に見たと言う男子生徒が拡散したらしく、石原さん本人がまだ来てもいないのにクラス内では期待であふれていた。まるで新型のスマートフォンのリーク記事が出たような感覚…………わかりづらいな。
なんて考えていると、早速クラス中の視線が教室の入り口に集まった。これは間違いなく石原さんだ! そう思い顔をあげた先には、はらりと華麗に舞った金髪が…………
『沙奈かーい!!』
彼女はまるで自分のクラスかのように、さも当然のように入ってくる。そして、二、三歩入り込んだところでハッと顔をあげた。
「あ、間違えたわ……」
彼女は一瞬恥ずかしそうに俯くと、すぐに背を向け何事もなかったように教室から去っていった。
そのらしからぬ後姿に、俺はふと首を傾げた。なんだかぼーっとしているように見えてたけど……寝不足??
俺が首を傾げながら思慮していると、右隣から不思議そうな声が聞こえた。
「これは何の騒ぎ?」
いつの間にか帰ってきた坂本さんが、椅子を引きながら尋ねてきた。
「石原さんが髪を切ったとかそんなのじゃない??」
坂本さんは「ふぅん……」と興味なさそうに返事すると、「あっ」とチラリと俺の奥の方を見てニヤけた。
「ちなみに野村くんはさ、石原さんの髪型気になるの?」
まるでからかうような坂本さんの声音に、俺はできるだけ澄まし顔で答えた。
「ぜ、ぜんぜん気にならないかな……」
すると坂本さんが半腰上げて俺に近づいてきた。そして、俺の耳元に手を添えると、こしょこしょと囁きはじめる。
「…………それは藍沢さん一筋ってこと?」
「……え、はっ? ち、ち、違うから!!」
あまりにも突飛な言葉に、俺は思わず大声を出してしまった。よほど俺の声がうるさかったのか、藍沢さんの不機嫌そうな視線が突き刺さり、すぐに目を逸らした。
「もしかして女子の髪型とか興味ない??」
ニヤけ顔の坂本さんに迫られてとても、めんどくさいことになってる。いち早く話を変えたいと何か話題を探すべく見渡していると、ちょうど短い髪の中にヘアピンが光った。
「そ、そんなことより、ヘアピンつけたんだ!」
焦ったあげくに口を突いた言葉は、思いのほか効果抜群で、坂本さんはこれまで見たこともないような驚き顔で「ほへぇ?」こぼし、左隣の机が「がっしゃん」と意味のわからない音を立てていた。
「いや、ほら、き、昨日までつけてなかったよね?」
「あっ……あー、そうだね。——でもさ、気づくの遅くない?」
少し焦り気味だった坂本さんも、すぐに落ち着いてまたからかうような目をしている。
「まあ、女子の髪型には疎いもので」
すると興味のないのか、信じてないのか「ふぅん」とつまらなさそうに返事が返ってきた。でも、とりあえず話は終わったみたいで、いい感じに誤魔化せてホッと胸をなでおろしいると、今度は左隣から「カシャン」とひとつ鉛筆が落ちた。俺の心はビクッとして、足元に転がってきた無機質な木の棒に少しばかりの恐怖を覚えた。
確かに少し前までなら、転がったのは何の変哲もない鉛筆だったかもしれない。だけど、この席になってから、藍沢さんはほとんど鉛筆を落とさないことを知った。だから、鉛筆を落とす時というのはたいてい……
いやいや、いま俺は藍沢さんを怒らせるようなことなんてしてない…………いや、大声の件をまだ怒っているのかもしれない。
『さっきはごめんね……怒らないで欲しいなぁ……』
俺は心でそう唱えながら鉛筆を拾い、藍沢さんの机にそっと近づくと、彼女は……
澄まし顔で、髪をいじっていた。
その表情は、まるで『私怒ってないよ』と言わんばかりの優しさを醸し出していた。
『良かった〜 さすが藍沢さん!!』
俺は心の中で一安心すると、藍沢さんの方に向かって鉛筆を差し出す。ほいっと差し出して見たけど、なかなか受け取ってくれる気配はなくて、相変わらず澄まし顔で髪をいじるばかりだった。どこかデジャブを感じながらも、俺は首を傾げた。
『もしかして、藍沢さんも寝不足?』
俺は『ここ最近、睡眠を阻害するような課題とかあったっけ?』と考えながら、鉛筆を藍沢さんの机の上にそっと置いた。
ついさっきまでは無かった、茶色の髪にキレイに映えるヘアピンなんて気づかずに……
* * *
ヒーローは遅れてやってくるというが、うちのクラスはヒロインが遅れてやってくるらしい。
圧倒的な雰囲気をはらむ彼女は、一時限目の最中にやってきた。授業の最中に前の扉から入ってきた石原さんはクラス中の視線を黒板から引き剥がし、その美しさに小さな歓声すら上がる。
「髪型ごときで」なんて思ってた俺も、目に触れた瞬間に考えを改めるレベルで、石原さんは圧巻だった。もちろん元の顔が国宝レベルで良いため、どんな髪型をしても似合うことは間違いない。そのさっぱりとした黒髪は、首元でふわりと遊び、歩くたびに軽やかに舞う。表情もこれまでの大人びた深みのある美しさから、爽やかで明るい可愛さへと変わっている。もちろんどちらがいいかなんて無意味な議論する必要もないし、ここで言えることはただ一つ。
『ショートヘアーすごく似合ってる!!!』
左隣がついつい唸ってしまうほど美しい石原さんは、歩くたびに男子どころか女子の視線も集めて、机と机の間を堂々と歩く。そして、後ろの黒板が気になったのか、石原さんは後ろを振り向いた。その時に俺の目は、石原さんをばっちり正面から捉えて……
『可愛すぎ直視できない!!』
俺は思わず目を逸らして、うつ伏せになった。
そしてゆっくり顔を上げた時、ふと右隣から
いや、わかるよ。『さっき言ったこととやってること違う』って。さっき俺は「女子の髪型なんて気にならない」って言ったな、あれは嘘だ。気にならないわけがないし、ニュースを耳に挟んでから楽しみにしている俺がいたのも認める。だから、好きなだけ
俺はこの瞬間だけはどんな罵倒でも耐えられるような気がしていた。
……でも、坂本さんの視線は軽蔑なんかじゃなくて苦笑いで、思わず笑ってしまうレベルで左隣が膨れ上がっていたことなんて、知る
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