第22話 藍沢さんの反撃
【前回の藍沢さん】
「藍沢は激怒した。必ず、
『本当にあり得ない!!』
私は右隣の彼を恨むようににらんでいた。その奥にいる坂本さんは、今回ばかしは同情の目線を送ってくれるみたい。それだけ、今回の野村くんは重罪だ。ギルティだ。
でも当の本人は、まだほわほわと石原さんを目で追っている。髪が短くなっただけどそれだけ見つめるの?? それだけでも私は傷つくというのに!!!
もう怒った。本当に怒った。こうなったら実力行使するしかない。“こうくん”なら五百円の学食でも奢れは協力してくれるはず……
私は隣をじっと見つめ、『笑ってられるのは今のうち!!』とムダに念を送った。
* * *
そのジメジメした午前中は、意外にもあっという間に過ぎ去って、開放感あふれる昼休みとなった。黒板を見るたびに、爽やかなショートヘアーが視界をくすぐり、思わず時を忘れたのも一因かもしれない。だけど……
俺は左隣の空席を眺めた。昼休みが始まるまでそこに座っていた茶髪の彼女を思い浮かべる。
『ヘアピンをつけた藍沢さんはとてもかわいい』
授業中にふと隣を見た時、いつの間にかヘアピンがついていて、思わずときめいてしまった。彼女は湿気のせいか機嫌が悪そうだったし、何より坂本さんが『藍沢さん一筋?』なんて変なことを言うから意識しないようにしていたけど、ほんの少しの変化でもすごくかわいくて、ドキドキする。
朝はジメジメして、藍沢さんの隠し事もあって、少しナイーブになっていたけれど、今日は案外いい日かもしれない。たった、一つの懸念を除いては……
俺はひとつため息をつくと、右側にジトっとした視線を送った。
「なんでいるの?」
「ここ私の席なんだけどっ?」
「あなたの席はそこじゃないでしょ、ほらもっと遠くに……」
「いつも昼休みどこか行くからって、席を剥奪しないでくれる?」
ずいぶん不服そうな坂本さんは、机から一歩も離れてやらないと、大きく伏せてしまった。
「それで、今日はどうしたの? なんか面白い予感でもするの?」
「ううん。今日はなんだか嫌な予感がするの」
彼女はさも真剣な表情でそう言うけど……
『昼休みに坂本さんがいることが、一番嫌な予感なんだけど!!!』
俺は口から出かけた言葉をなんとか飲み込むと、体を震わせ怖がっている彼女に尋ねた。
「坂本さんは、超能力でも持ってんの?」
「そんな訳ないじゃん! ただ、本当に悪寒がするだけだよ。そういう時ってない?」
あるかなぁ……俺は首を傾げながら思い返してみるけど、思い当たらない。ただ、たまに左隣から尋常じゃないオーラを感じ、悪寒を感じたことはある。でも、ちょっと違うような気もしたから、そう伝える。
「ないかな……」
でも、坂本さんは俺の声なんて聞いちゃいなくて、なぜかフリーズしていた。なんだろうと思って坂本さんの目線の先をたどると……
『なんか藍沢さんが男子生徒と仲良さそうに帰ってきた!!!!』
隣を歩く男子は、もちろん三大イケメンよりは劣るがそれでもそこそこに整っていて、どちらかというと中性的な顔立ちだ。でもそれなら田中くんの方がかっこいいような……
藍沢さんとその男子生徒は俺の左隣までくると、前後の席を陣取り、向かい合って弁当を広げ始めた。
『えっ、なんで??』
なんだか藍沢さんがニヤニヤしているのは置いておいて、俺の心はもやもやとしていた。もちろん藍沢さんはただのお隣さんだし、田中くんと付き合おうが、そこの男子と付き合って、一緒にお昼ご飯を食べようが関係ないはずなのに、なんだか心はネガティブに侵されていた。とりあえず状況確認しなきゃ。
「……あれって誰?」
俺は右隣にグッと近づくと謎の男子学生に目を向けながら小さな声で囁いた。すると坂本さんは……
「なんでもないよ」
「いや、なんでもじゃなくて、誰なのか知らない?」
「本当になんでもないから……」
「はい? って坂本さん大丈夫??」
ふと彼女に目を向けると、顔が真っ青で、手が震えていた。
「私がこの程度で動揺するわけないって」
彼女はそういうとおもむろにマグタイプの水筒の蓋を開けて、そのまま飲むかと思いきや、弁当の方に傾け始め……
「ちょ、ちょっ! なにしてんの坂本さん!? 弁当をお茶漬けにでもしたいの???」
思わず俺は彼女の手をつかんで止めた。まだご飯のゾーンならまだしも、彼女はおかずの方に注ごうとしていた。
「あれ? コップに注いで飲もうと思ってたんだけど……」
「この水筒、コップ使わないタイプだよ?」
「そうなの……ははは……」
坂本さんはなんだか精魂が抜けたような笑いをしていて……
『姉貴いいいいいいい!! 姉貴がやられたぁ! なんなんだあの男子学生は!』
俺は彼に目をやるも、彼は藍沢さんをじっと見つめるばかりだった。
* * *
坂本さんがノックダウンしてからも戦況変わらず、相変わらず二人で楽しそうにお弁当を食べていた。そんな光景を目にした俺も、半分ノックダウンしていた。
そんな傷心の俺をお構いなしに、二人の会話は聞こえてくる。
「そういえば“こうくん”って、学校にリモコン持って来たことあったよね……」
「そんなこともあったなぁ。小春んちに忘れていったこともあったっけ?」
「そうそう……」
家に行ったことがあるとか、名前呼びしているとか、幼馴染みたいな会話しているとか、もう多重に乗っかってきて、心がズタボロになっていく。負けを認めるしかないのが悔しくて、心の中でヤケクソに叫ぶ。
『そういえば沙奈もリモコン持ってきたことあったな! 最近もリモコンが無くなって困ってたって言ってたけどあいつどんだけボケボケなんだよ……』
心の中で言ってきてなんだか悲しくなってきた。まさかリモコン持っていくクセが現在進行中とか考えたくもない……
なんて残念な幼馴染を思っていると、藍沢さんは焦ったように言葉を発した。藍沢さん、なんだかムキになってない??
「こうくん! こうくんは小学校から一緒だったよね……」
すると謎の男子学生は明らかに顔を赤らめながら……
「ずっと一緒だったよね」
と言った。
『会話が完全に恋人同士のそれじゃん!』
藍沢さんがどう思っているかはわからないけど、少なくともこの男には好意がある。藍沢さんも満更でもないし、これは本格的に詰んだか……
いやいやいや、藍沢さんとは別にそんな関係でもないんだから気にしたら負けだって。よし、俺も心のを落ち着かせるために、沙奈との思い出を呟こう。
『俺は沙奈とは幼稚園の時から一緒だ!』
…………やっぱ心の中で言ってるうちに悲しくなってきた。仲が良かったのは昔のことで、今や学校有数の美少女である、距離の遠い幼馴染のことを引っ張り出すなんて悲しすぎる!
そうやって頭を抱えていると、藍沢さんはさっきよりも一層大きな声で、謎の男子生徒に話しかける。
「私の作った卵焼き、どう?」
その声が、クラス中とは言わずとも、周りにははっきり聞こえる声だったから、少し周りがざわつく。さすがに男子生徒も恥ずかしそうにしていたが、そんなことお構いなしに藍沢さんは答えを迫る。
あくまでもお隣さん。だけど、そんな光景は俺の目に羨ましく映って、目にするだけでも心にくるものがあった……
『ふーんだ、卵焼きなんてそんな味付けが変わるわけでもないし、坂本さんの食べたことあるもーん!!』
なんてほざいてみるけど、本当は……
『でも、お弁当まで分けてもらえるなんて……すごく仲良さそうだし、なんだか楽しそう……』
「そうでしょ!!」
『うん、本当にうらやまし…………ん? ちょっと待って?』
案の定、謎の男子学生はまだ味の感想を言っておらず、藍沢さんのフライングにポカンとしている。一方の藍沢さんは、やってしまったと言った感じで、顔を赤らめて俯いている。
「本当その通り、とっても美味しい!!」
謎の男子生徒のフォローっぷりはイケメンかよと言わざるを得ないけど、問題はそこじゃない。
今の会話ってどこで行われた? 少なくともあの男子学生ではない。しかも、藍沢さんの回答タイミングは、まさに俺の心の声と同タイミングで行われていて……
そういえば、初めて藍沢さんの隣になった時もこんなことあったような……
『藍沢さんは俺の心読めるんだった!!!』
思考なんて止めることが不可能な上に、実害がないから完っ全に忘れていた!
俺はこれまでの心の声を思い返して。血の気が引くのを感じていた。
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