第38話 のびたうどん
テストまでちょうど一週間となった、月曜日。
うちは偏差値は真ん中くらいの高校で、決してバリバリの進学校と言うわけではない。だから、テスト週間とは言えども昼休みとかに、ガチで勉強している人はそんなにいない。それぞれ、いつも通り、気だるそうに机を囲って駄弁っている。
そして、勉強をしていないのは俺も例外じゃなくて、教科書とか開かずに、ゆっくりとお弁当を頬張っていた。
本来俺の状況だったら、飯食ってないで勉強するべきなんだけど、ある理由でだいぶ巻き返すことができて、弁当を味わうだけの余裕ができていた。
そう、あの地獄と恐怖の勉強会があったからだ。
沙奈の言う通り坂本さんは勉強を教えるのが上手で、俺でもすんなりと理解することができた。それに、あの狂気に満ちた坂本さんは自分の勉強を忘れて、俺100%で教えてくれたから、進捗も半端なくて、留年を回避するだけならすでに問題ないレベルにまで、挽回できた。
俺は坂本さんには感謝しても、しきれない。だから感謝の気持ちを込めて、ジュースを準備して、あとは渡すだけなんだけど…………
「なんで坂本さんがいるの!!」
あんぱんを頬張っていた彼女は、ぱんをかじったまま驚いたようにこっちを向く。そして、ぱんに口を塞がれているためか、目で不満を訴えてきた。
「なんでって、私、居ちゃいけないの??」
坂本さんはしっかり飲み込んでから、改めて俺に文句を言う。
「せっかく勉強のお礼にジュースを買って来たんだけど、今すぐにでも渡せてしまうじゃん!!」
「何その、ジュースを渡すのが惜しいみたいな言い方? そんなジュースいらないからね!?」
彼女はプイッとそっぽを向いてしまった。だから、冗談はそこまでにしてペットボトルのカフェオレを差し出す。
「まあ、それはともかくとして、おとといのお礼。すごい捗ったから、助かったよ」
すると、坂本さんは申し訳なさそうな顔をしながら、ペットボトルを受け取った。
「あー…………ごめんね、変なところ見せちゃって。それに、勉強会台無しにしちゃって……」
「ほんとだよ! まさかあんな恐怖に支配された勉強会になると思ってなかったよ…………」
「恐怖? それは、なんのことかなぁ??」
彼女は俺の目を
「怖い怖い!!!」
最近、坂本さんの怖さが増しているような気がするのは気のせいだろうか。役者とか向いているような気がする。
「それで…………なんで、坂本さんは教室にいるの??」
「だから! 私っていちゃいけない存在なの??」
「いや、そうじゃなくて。普段どっか行ってるし、いるときは大抵理由があるじゃん。勘がどうとかって」
すると坂本さんは言葉に詰まる。まるで、言いづらそうな口ぶりで、苦笑いをする。
「あー…………。まあ、ないことはないんだけど。秘密かな。この間の反省っていうか…………」
「反省??」
「まあ、気にしないで。そんなことより、野村くんは自分のテスト気にしてね? 教えた感じまだまだやばそうだよ??」
「へい…………」
そこで一旦会話は途切れ、二人とも目の前のご飯に集中した。俺と坂本さんの間柄は、もとより雑談とかするような仲ではないので、特に会話が発生するなんてこともない。しばらく、二人静かにご飯食べていると、突然教室のドアが元気よく開いた。
「
「あ、愛!!」
片方が名を叫んで、もう片方が坂本さんに気づき、指差す。こちらと視線があった女子生徒二人は、早足で坂本さんの元へと来た。
「愛、なんでこっちなの??」
「まあ色々あってね…………」
坂本さんは苦笑いで言葉を濁す。さっきは秘密って言ってたけれど、そこそこ重要な用事があるのかもしれない。だけど、彼女たちは容赦なく、パンを持つ腕をすでに引っ張っている。
「今からでも来てよ! 面白い話があるからさ!!」
女子生徒二人はわいわいと坂本さんを囲うと、一瞬だけ様子を伺うかのように俺の方を向いた。そして、小さな声でトンデモないことを口走った。
「テニス部の伊藤くん、藍沢さんと付き合ってるらしいよ」
俺が『嘘でしょ??』の心の声がつい、口から漏れそうになった時、隣から「ガンッ、ガンッ、ガンッ」と凄まじい音が鳴いた。その薄っぺらい天板じゃ、到底奏でられそうにない重低音が。
「あ、愛???? ど、どうしたの????」
俺も気になって隣を見ると、坂本さんはなぜか何度も机に頭を強打していた。もちろん机の上にあるパンは、ぺったんこになっている。
友達二人は、初めて見たであろう奇行に驚きつつ、不安な表情をした。
「ど、どうもしていないよ??」
友達の前だからだろうか、頑張って普通の笑顔を見せている。だけど、足はすっごくプルプルと震えている。
「まあ、いいや。今その話で盛り上がってるからさ!! 行こう??」
女子生徒二人はそういうと、坂本さんの両腕を掴んで引っ張っていった。それでも坂本さんは力なくうなだれているため、その後ろ姿はどこかに連行されているように見えた。
彼女らが去ったあと、俺の周りは嵐が去ったかのように静かになった。
そして、さっきの女子生徒の言葉を思い返す。
『テニス部の伊藤くん、藍沢さんと付き合ってるらしいよ』
そして、勉強会の時のことを思い返す。
二人はイチャイチャと楽しそうに勉強を教えあっていた。
そして、これまでの二人のことを思い出す。
幼なじみで、親戚で、仲良くて、思い出だっていっぱいある。
そして、俺が思ったことは。
『やっぱりか……』
それだけだった。
二人が付き合っていることについて、俺が止められるような話でもないし。じゃあ、「ちょっと待った!」と割り込んで告白できるような勇気もなければ、そこまでの関係性でもないと思う。
だから、俺は二人を応援するべきなんだと思う。
とってもお似合いだし、『お幸せに』と伝えるべきだとも思う。
だけど………………
寂しい
* * *
ガヤガヤと人で賑わう学食で、
私は視線を落とすと、私の手元で湯気をあげるうどんを見つめる。私は白くて長い麺を箸で掴むけど、するするとうどんはこぼれ落ちていく。
なんとなく食欲がなくて、イマイチ箸が進まなかった。
さっきまで——昼休み直前の授業までお腹のムシがなって仕方なくて、頭の中は料理のことでいっぱいだったから、間違いなく食欲はあったはず。それなのに、こぼれ落ちるうどんが重たそうに見える。
そもそも、こんな状況になったのは、お昼休みに購買に向かうところを捕まったところに所以する。最初は一緒に食べる気なんてなくて、断ろうと思っていた。だけど……
「この間まだ教えきれてないところがあるから、今日一緒に学食に行こう?」
「俺が奢るからお金は気にしないで」
こうくんがそんなこんな言って引き下がらなかったし、弁当を持ってない私にはしっくりくる断りの口実がなかった。だから、弁当を休んだ母に恨みを持ちつつ、仕方なく学食へとついていった。
私はもう一度うどんを見つめる。なんだか、今日は嫌な感じがする。私の考えすぎかもしれないけど、底なしの不安があって、周りから視線を感じるような気がする。
この不安は、勉強会のこと、ひきづっているんだと思う。
私は野村くんの近くになれなかったから、彼の心の声が聞こえなかった。もちろん、心の声を聞くなんてありえないことなんだから、そんなものに頼って、無いから不安だなんて、おかしな話だと思う。
でも、今の私にはそれしかなくて、あの勉強会では坂本さんと楽しそうに勉強していたから、余計に声を聞きたかった。
もちろん普通に教えあっていたんだと思うけど、それでも疑ってしまう。それは今の私たちにも言えることで、男女二人で食べていたら、勘違いされやすいのはわかっている。だから、次からはキッパリと断らないと…………
私はやっとうどんを
少しぬるくて、やっぱり伸びていた。
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