第37話 勉強会はもちろん勉強するための会
「せっかく八人になるんだし、皆で席替えしない!!!!」
突然聞こえた大声に加えて、声の主はさっきまで黙っていた坂本さん。誰もが思わず二度見をする中、砂田は声を弾ませた。
「いいね! みんな混ざったほうが面白いもんね。さすが坂本さん!」
みんな(沙奈)と勉強したい砂田は、坂本さんの意見に大げさに乗っかりウィンクまでして見せた。しかし、坂本さんの目は全く彼に向いていないし、どこにも焦点があっていないようにも見えた。
『坂本さん?? なんか様子おかしくない?』
さっきから一言も喋ってないのも違和感があるし、なんなら教える名人だったはずの彼女は何故か沙奈に勉強を教わっていた。
やっぱり何か違和感がある。
「ちょっと待って坂本! 普通に考えてこれ以上増えたら座れなくない??」
これ以上人数を増やしたくない伊藤は、坂本さんの意見に反論する。確かにこの席は一応八人がけらしいけど、結構狭くなってしまうから、伊藤の主張が分からんこともない。でも、大声で主張するくらいだから、坂本さんもすぐ折れなさそう。
だから、これはバチバチの言い合いになりそうだ…………なんて覚悟していたけれど、坂本さんの口から出てきたのは全く逆。
「た……確かにっ! その通りだよねっ!! そんなこともあるよね?? あはは…………」
坂本さんは取り繕ったようにそういうと、最後は力なく座り込んでしまった。そして、また教科書に目を落としてしまう。
『坂本さん?? やっぱりおかしくない?』
普段の優しくて姉貴肌で、余裕あって…………そんな彼女からは想像できない状況で、俺は不安になった。
『もしかして、伊藤のこと苦手とか??』
これまでを振り返ってみても、伊藤が絡むと坂本さんがおかしくなっていた。今だって、伊藤の一言で完全に折れたわけだし、本当に苦手なのかもしれない。
そして、坂本さんが伊藤の意見に折れてから、その場は一緒には勉強をしない方針に固まりつつあった。沙奈も伊藤も一緒に勉強しない派で、たった今坂本さんも折れた。俺はもうどうでもいいし、あとは藍沢さんだけど…………おそらく意見は出さないだろいう。
そして無言がしばらく続いた後、伊藤が結論を出すかのように、「じゃあ……」と口を開いたその時、
さらに予想外のことが起きる。
「で、でも…………やっぱり、人数がいた方が教え合いできるんじゃない? だから、みんなで席替えしたほうがいいと思う…………」
そう、藍沢さんは言ったのだ。
『なんでえええええええええ!!!』
『藍沢さんは二人でイチャイチャできて幸せなんじゃ?? それにあの三人の中には振ったばかりの伊藤くんまでいるんだけど?? そもそも、藍沢さん自体ワイワイするようなタイプじゃないと思うんだけど?? もしかして、やっぱり面食い?? 伊藤にさらにイケメン三人組を
だけど、藍沢さんはどうしてもみんなで勉強したいとと、ねだるように上目遣いで見つめる。
『確かに今のままだと、拝めるのはせいぜい女子勢と俺の顔だから、イケメンを見るのにはちょうどいいかもしれないけどさ…………』
でも、藍沢さんが言うなら、蓬莱の玉の枝でさえ取って来そうな伊藤でも、今回ばかりは困り顔で目を逸らした。
おそらく、彼は藍沢さんと二人きりのその席がいいのだと思う。だけど、愛しの藍沢さんの頼みであれば聞いてあげたい。だけど、二人っきりも捨てがたい…………
それはもう完全に二人の世界であって、考えるだけもう嫌になってくる。そして、帰るのもめんどくさくなった俺は黙って教科書に目を落とす。集中できもしない文字の羅列を真剣に眺める。
「じゃ、じゃあ……みんなで一緒に勉強しようか」
結局、藍沢さんに押し切られた伊藤は、しぶしぶながらにそう言った。唯一の反対派であった、隣の沙奈を見ると、特に反論をするような気配もなく涼しい顔で教科書を眺めていたため、反論はなくて一緒に勉強することになった。
* * *
この状況をなんといえばいいのだろうか。
軽くざわざわとしだした店内の一角だけ異様に静かで、カツカツといったシャープペンシルの音がよく響く。誰もが教科書を眺めていて、超真剣に勉強している。まさしく学生のあるべき姿なんだけど…………今そういう雰囲気は求められていなかった。
俺たちは何を間違ったのだろうか。
あの時、素直に砂田の持っていたアプリで席順を決めればよかったのだろうか。沙奈が仕込んでいるのじゃないかと散々疑った挙句にあみだクジなんて、古典的なものを利用したのが間違いだったのだろうか……
現在の席順は——
奥|沙奈、三島、伊藤、藍沢
奥|坂本、野村、砂田、田中
これも運命の悪戯というのなら、神様はなかなか嫌なやつだと俺は信じるだろう。
席替えしてもまたまた伊藤と藍沢さんが隣同士、さらにはつい最近告白した、振られた関係の田中と藍沢さんが向かい合う。沙奈に興味ありそうな砂田はしっかりと距離を取られて、俺は内側に入ったからより帰りづらくなる。
やっぱり誰も得してない…………
いいや、伊藤だけは得? していた。
伊藤の隣は藍沢さんで、満足そうだしもう片方には三島がいて、なんだか伊藤がちやほやされている。とても充実してそうだ。
俺はもう仕方ないと諦めているけど、結局勉強はわかっていないため、生き地獄になっている。さらにいえば、隣の坂本さんがさっきから小刻みに震えていて怖いんですけど??
俺は仕方なく小声で尋ねる。
「坂本さん? 大丈夫??」
すると、坂本さんはゆっくりと首をこちらに向ける。それも、ギギギとまるで壊れたロボットかのような動きで、さらにはとーっても不自然な笑顔で「だいじょうぶ」と口にした。
その笑顔は作り笑いとかいうレベルを超えていて、もはや恐怖という感情しかしか抱きようがない。
「全然大丈夫じゃないよねっ!! ど、どうしたの???」
「ぜんっぜん、どうもしてないからね? ぜんっぜん」
その笑顔はさらに不気味なものになり、その視線は俺の手元に来た。
「そんなことより、のむらくんのほうこそだいじょうぶ、べんきょう?」
『怖い怖い怖い怖い!! なんか目を光らせているし、口調が変だし、バグってるし……』
「大丈夫だから。俺は大丈夫だよ」
俺は素早く撤退しようと、勉強しているフリをした。だけど、全く進んでいないことはすぐに見抜かれてしまった。
「ううん、だいじょうぶじゃないよね? べんきょうがひつようだよね??」
そういうと坂本さんは俺に迫ってきて…………
『いやあああああああああああああああ』
俺は狂気に満ちた顔の坂本さんに、みっちりとわかりやすく勉強を教わって、恐怖とテスト範囲をしっかり覚えたとか覚えていないとか。
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