第36話 予想外の乱入者

  

 その光景は、学生がワイワイと勉強会をやっているように見えるかもしれない。周りの大人は、そんな大人数でやって何が身につくんだと思っているかもしれない。


 側から見ればそういった、ある意味お楽しみ的なイベントを行っている印象を受けるだろう。


 だけど現実は、一人を除き、お楽しみ要素なんてものは一つもなかった。そして、諦めの境地に達した彼らは、もはや勉強に集中し始めたという。


 ぎこちない教え合いがひと段落ついた奥側にいる坂本さんは、私は何も見ていないと言わんばかりに、教科書をまるで齧り付くように見つめている。その狂気とも取れるその視線の先では、シャープペンシルが超高速で筆跡を残して行った。


 俺の隣に座る沙奈も、坂本さんほどにないにしろ、下をじっと見て、真剣そうにノートに何かを書き込んでいた。

 向かいの奥側に座る藍沢さんも、伊藤の解説を聞きながら教科書に目を落とす。


 唯一、伊藤だけが勉強会らしく、目を輝かせながら藍沢さんを必死に教えている。

 

 そして、俺は…………


『全く分からん!!!!!!!!!』 


 俺は相変わらず、テーブルの隅でひとり発狂していた。教科書の文字の羅列はやっぱり日本語には見えなくて、目で追うだけでも眠気がひしひしと襲ってきた。でも、人の目があるから寝ないようにと腕をつねって教科書に目を戻す。そして、眠気が……


 でも、顔を上げたら上げたで二人がイチャイチャする光景が目に入ってきて……


『二人ってもう付き合ってるのかな…………だとしても俺になんの関係もないはず? でも……』


 勉強は分からないし、気分は曇っていくし……こんな時間に嫌気がさし、机の下でスマホを確認してみると、ディスプレイには10:00を表示していた。


『三十分経ったし、もう帰ってもいいよね?』


 俺はもう一度当たりを見渡すと、皆勉強に集中しているように見えて、一人いなくなっても違和感のない頃合いだった。俺は帰る隙を伺うために、チラチラと店の外を眺めると…………


 えらく見覚えのある、三人組の高校生が入店してきた。


 現在のファミレス店内は、朝食の時間帯が終わったのか、さらに人が少なくなっている。だから、入店する人は嫌でも目立つ。


 それは彼らにとっても同様で、さらには校内トップクラスのイケメン三人で、周りにキラキラを振りまきながら歩いていたら特に目立つ。


 現に、三人のうちの一人の目配せによって、あたりの女性客は大体倒れていた。


『殺人アイビーム、相変わらず強いな!!』


 もちろん、帰るために出入り口を眺めていた俺は、三島、田中、砂田らの三人が入店したのにすぐ気づいた。そして、藍沢さんに夢中の伊藤以外はみんな彼らに気づいていて、逆に彼らも俺らのことを見ていた。


 そして、入り口に立っている三人組の一人、可愛い系の弟的イケメン砂田が、駆けって俺らの席に来た。彼は唯一別クラスであるから、俺は彼のことをよく知らない。だけど、砂田はさも友達であるかよう俺に話しかけてきた。


「野村くん、一回席外してくれない?」


 彼は微笑みながらそう言った。俺は「なんで?」と疑問に思いつつも、はいはいと、流されるままに席を立とうとした。すると、腕が引っかかって動くことができなかった。掴まれた腕には力もこもっていて、つい隣に振り向くと、沙奈は険しい表情で彼の方を睨んでいた。


「なんの用?」


「嫌だな、いつものをするだけだよ。だから、彼には少し避けてもらおうと思って」


「いつもの?」と俺が不思議がって傾げた首を、沙奈がグイッと元に戻すと、彼を睨みつつ。


「私は絶対にあり得ないからやめてって言ってるわよね?」


「でも、いつかわかってもらえると信じてるから、僕は諦めないよ」


 砂田の声は、幼なげを残しつつも色気のある声で、少ない周りの客が完全に砂田の虜になっていた。だけど、その中で沙奈は全くと言っていいほどすんっとしていて、むしろ敵対的な視線でにらむ。


「でも、こんな公衆の面前ではぜったしないで。我が校の恥だわ」


「わかりました、沙奈さん。今日はおとなしくしておきます」


「名前呼びも絶っっっ対にやめて」


「わかりました、沙奈さん。今日は名前で呼びません」


 沙奈はそれを聞くなりめちゃくちゃ嫌そうな顔をしているが、それでどうやら話が終わったみたいで、残りの二人も店員さんと何やら話してこっちの方に向かってきた。


「どうだった? ちゃんと一緒の席にしてくれた?」


 そう、砂田が明るく聞くと、


「うん……」


 三島が物静かに答える。


 そして、ため息をつき、メガネを掛け直しながら田中が俺たちに向かって口を開く。


「この二人が君たちと一緒に勉強したいって言うんだけど、いいか?」


 予想外の提案に思わず手が止まり、真っ先に伊藤が反発をした。


「さすがに人数増えすぎて困るんだけど」


 そして伊藤の言葉に加わるように、沙奈も文句を言う。


「砂田と一緒とか絶対嫌なんだけど」


 それに対して砂田は相変わらず照れたように笑う。


 そして、その場に沈黙が訪れた。


 この三人はおそらく田中が取りまとめ役で、彼が何かしら言えば事態は動くのだろうけど、空気を読んでいるのか無言を貫いている。それに、砂田も三島も動く気配がなくて、同席を全然諦めてはいないように見えた。


 誰もが手を止めるが、何も言わない沈黙の中、俺は脱出の大チャンスのように思えた。

 

 おそらく彼らの目的は、砂田はどうやら沙奈目当てで、三島は伊藤??? 田中はおそらく空気を読んでいるのだと思う。ならば俺はむしろ邪魔者だからいなくてもいいはず。藍沢さん達には悪いけれど、「あとは皆さんで、ごゆっくり〜」とさらりと流し、彼らを押し付けつつ脱出すれば、ていよく抜け出せる!


 そうと決まれば早速、財布を取り出して大きな硬貨を一枚手にとる。ジュースだけならこれだけで十分なはず。そして、俺が腰を浮かせ、心に決めたセリフを口にする。


「あとは皆さ…………」


 そうやって口にしてる最中、突然に立ち上がる影が!

 そして、彼女はこう叫んだ。


「せっかく八人になるんだし、皆で席替えしない!!!!」


 その叫び声の主は、さっきから無言を貫き、教科書しか見ていなかった坂本さんだった!!


 その声は全員にとって予想外で、その場にいた全員が坂本さんに振り向いた。


『さ、坂本さん!?』


 そして叫び声は、俺の声とも重なったおかげで、用意した言葉は誰にも伝わることなく、かと言って今更再び言えるような雰囲気でもなく、うっかり脱出の機会を逃してしまった。

 

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