第18話 本音
【前回のあらすじ】
「藍沢さん、イタズラ好きなお姉ちゃんと少し仲良くなる」
人のまばらな校舎に、誰もいない教室。時を刻む音だけが響くこの部屋で、約束もないのに私一人だけ待っている。
窓の外ではいくつかの体操服が軽やかに走っていて、その汗は朝陽でキラキラと輝いている。
私は窓から無機質な木目調に視線を移すと、大きく重いため息をついた。そして、右隣の空席を眺めながら昨日のことを思い返す。
屋上での田中くんの告白に、坂本さんの「もし断ったら、『何考えてんの』って言われるかもしれないよ?」の言葉。
たしかに坂本さんは「フォローしてあげる」と言ってくれたけど、やっぱり周りの女子からの視線は心配で、断ることを
もし私が田中くんと付き合えば、坂本さんの言うように『人生でも滅多にない経験』ができるし、私自身も女子からニラまれずにすむ。一番無難な選択肢かもしれない。でも、その世界の中には、沙奈さんと野村くんがイチャイチャしているシーンも流れるわけで……
目元に手を当てると、私の瞳は少し濡れていた。想像するだけで、目が熱くなってしまった。
だったら、逆はどう?
私が田中くんを断れば。野村くんと私が付き合えるかもしれない。でも、私は女子から目の敵にされて、そんな私を野村くんはちゃんと見てくれるのかな……
『いじめられた女子とか近づきたくない』とか言わないかな……
優しい野村くんのことだから言わないのは分かってる。だけど、私の心は黒い闇で覆われていく——
「藍沢さん大丈夫?」
「はひっ!!」
視界に映り込んだのは、待っていた優しい声だった。だけど、突然の出来事で思わず変な声が出てしまう。
『好きな人の前で、恥ずかしい……』
私は熱い頬を隠すように俯く。すると彼はさらに心配そうに見つめてくる。
「なんだか、考え込んでいるみたいだったから」
彼はまるで心を読んだかのように、私のことを心配してくれた。私の頬は余計に熱を帯びていって顔が上げられなくなる。でも……
『田中くんと付き合えてラッキーって、嬉しそうにしていると思ったのに、なんで落ち込んでいるんだろう?』
彼の心の呟きに、身体中から血の気が引き、私はゾクゾクとした感覚に襲われた。
『野村くん、なんでそのこと知ってるの⁉︎ そんな、知られてるなんて……』
そんな私の声を彼が読んでくれるわけもなく、彼はさらに私の心を
『あんなイケメンと付き合えるなら、そんな幸せなことはないよね』
『野村くんは私のことを面食いだとバカにしていたくせに!』
私は彼の心になぜか苛立っていた。幸せ幸せって、勝手に人の幸せを決めないでよ!!
「もう……ばかぁ!!!」
私は椅子を激しく引くと、外に向かって駆け出した。もうどこでもいい、とにかく野村くんと離れたかった。
私は教室を出ると、階段を降り、昇降口から入ってくる生徒に逆行して、外に飛び出した。
* * *
体育館の裏、朝陽の当たらない暗がりまで走り込むと、私は足を止めた。
ハァハァと肩で息をして、少し呼吸が落ち着いてくると、私はとたんに悲しくなった。
「ばかぁって言った、私の方がよっぽどばかじゃん!!」
あの心の声は、彼なりの優しさなんだと思う。そう頭では分かっていた。それなのに心で受け入れられなくて、つい逃げてしまった。
そう思うと、私が一方的に悪いような気がして、やるせなくなる。
「もっと私を見てくれてもいいんじゃん! 私の気持ちを考えてくれてもいいじゃん!」
でも、嘆いたところで私が逃げたことには代わりなくて、やっぱり私は最低だ……
それなのに……
「……いざわさん!!」
私は優しさから逃げ出したハズなのに、遠くから、優しく温かい声が聞こえて……
「藍沢さん!!」
「ウソ……のむら、くん?」
私が「ばかぁ」って言ったのに、野村くんは私のことを追いかけて来てくれた。彼もハァハァと膝に手をつき肩で息をしながら、私を見上げる。
「ばかって言われたのについてくるなんて、空気読めないよね俺。でも、なんだか深刻そうな顔をしてたからつい……」
その優しい響きを、温かい響きを聞いた途端に、体全身が沸き上がるように熱くなった。屋上の告白の比じゃないくらい心臓はドキドキしてるし、頭の中が
野村くんは、私の想像をいとも簡単に超えてくる優しい人。
やっぱ私は野村くんが好きだ。
そう改めて感じた時に、その言葉はすんなりと口を突いていた。本当は隠そうと思っていたその言葉。
「私ね……田中くんに告白されたの……」
野村くんは少しだけ下を向いた。俯いたのは私が田中くんが付き合うのが嫌なのだろうか、それとも別の理由なのか。私にはわからないから、真っ直ぐ目を見てストレートに聞く。
「野村くんは……どう思う?」
「えっ? 俺?」
私は頷いて肯定を伝える。
私の言葉に野村くんはとても驚いていた。それと同時にすごく考え込んでもいた。
『すごく寂しいけど、イケメンと付き合えた方が幸せに決まってるから、ここは笑顔で……』
「わかった! ありがとう」
彼の心から聞こえた優しい言葉は、私を動かすのに十二分の言葉だった。
「はい?」
野村くんは首を傾げた。
「慰めてくれてありがとう……おかげで気持ちの整理がついたの。私、田中くんをふってくる!」
「えっ? あんなイケメンでハイスペック男子をふるの? もったいなくない?」
彼はひどく驚いたように私を見つめる。その視線をしっかりと受け止めてから、私は笑顔で言った。
「もったいなくない……私にはもっといい人がいるから!」
心の黒い影は一気に晴れて、私の心の空模様は雲ひとつなく晴れていた。昼休みのことを考えるとやっぱり怖いけれど、今の私は勇気で満たされていた。
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