第17話 イケメンの告白
【ここ数話のあらすじ】
「三人で映画を見に行ったら沙奈がボヤ騒ぎを起こして、坂本さんが消火活動をしている間に野村くんはイケメンと密会していた。」
「藍沢さん! 僕はキミのことが気になって仕方ないんだ! どうか、僕と付き合ってくれないか?」
少しジメジメした空気の漂う晴れ日に、地上よりもすこし風が強い屋上で。
そのイケメンはとんでもないことを口走った。
でも、冗談みたいな言葉を発した彼の表情は真剣そのもので、まっすぐ私の目を見つめてくるから、その言葉は嘘ではないらしい。
そんな緊迫した告白シーンの中、私の心は……
『ここここここここ……これは、ままま……まさかの、ここここはくはく?』
当然のように、慌てふためいていた。
『どどどどどど、どういうこと? 目の前にいるのはた、田中くんだよね、あの超イケメンの……』
『ななななんで? い、いいたずら? いたずらだよね、そうに違いない!』
私はきっとそうに違いないと信じて口を開く。
「あ、あの……い、イタズラですか……」
「違う、イタズラなんかじゃない! 本当に藍沢さんが好きなんだ!」
「あ、あぅ…………」
くすみひとつない端麗な顔立ちに、灰色に透き通った瞳。彼の美しい顔に、見つめられてしまったら、心臓は壊れたように脈打ち始めるし、変な声だって出てしまう。そして、恥ずかしさも加わって、私の頬は火が吹きそうなほどに熱くなる。
どうしてこんなことになったの???
その答えは簡単で、朝、下駄箱に封筒が入っていて、その無記名の手紙には『大切はお話があるので、昼休みに屋上に来てください』と書いてあって、ホイホイと行った結果今に至る。
もちろんその封筒が『ラブレターやそれに近しいものかも』とは考えたけど『まさかこんな私に』と本気にはしてなかった。だから、突然の事態にこんなにもパニックになっている。
「ひ、人違いじゃないんですか?」
私のその場しのぎの言葉も、声がひっくり返ってしまい、余計に状況を悪化させる。それでも田中くんは余裕を持って優しく答える。
「ううん、僕が好きなのは藍沢さん。キミだよ」
「うう……」
その剥き出しの好意に、体中が沸騰したかのように熱くなり、そわそわして、じっとしていられなくなる。これまで経験したことのないような感覚が私を襲い、私は言葉を紡ぐことさえできなくなっていた。
「あの……その、えっと……あー……」
「突然のことでびっくりだよね、少し考えてみてくれないかな?」
その答えを求めるような視線に、私は必死に頷くしかできず、ほんの小さく「わかった……」と添えた。
「じゃあ、明日の昼休み。ここで待ってるから」
彼は優しく微笑むと、クールにくるりとひるがえり、校内へと続くドアを開けて下へと降りて行った。
屋上にパタンとドアの閉まる音が響き、彼の残像を見届けると、私は糸が切れたかのようにその場に崩れこむ。
『どどどどどどど……どうしよう!!!』
だって、あれだけのイケメンだよ? 目があっただけでも心臓が跳ねるのに、告白なんかされたら、立ってなんていられない。
彼が去った今でも、私の真ん中はおかしいくらいにドキドキしているし、頬だってやけるほどに熱い。でも……
野村くん以外の男子で、こんなになるなんて私、最低だ……
女子なら誰でも憧れる甘酸っぱい感覚も、私にとっては嫌悪感のはらんだキツい酸味だった。
「どうしよう…………」
ふとつぶやいた言葉も、屋上の風に流されて消えていく。
どうすればいいかなんて分かりきっていることなのに、私の頭は真っ白で何も考えられなかった。
「誰か…………助けて……」
ふと口を突いた言葉は、限りない私の本音で、人生で初めて誰かに相談したいと思った。
じゃあ、誰に相談しよう……
野村くんは————
いやいやいや、ないないない! 余計な悩み事が増えるだけだよ……
じゃあ、沙奈さんは————
「あら、付き合えばいいじゃない。イケメンだし?」とか言われそうだし、ライバルにそんなこと報告したら応援するに決まってる。
だったら、残るのは……
* * *
「それで、私に相談したと」
坂本さんは氷の入ったグラスを鳴らしながら一口つける。そして、コツンとグラスを置くと私を見据えた。
「うん…………」
私と坂本さんは、またエオン内のカフェに来ていた。どうやらここは坂本さん御用達のカフェだったらしい。
私は返事をしながら目の前の坂本さんをチラリと見ると、すぐに目線を落とした。
『そんな大して仲良くない人が、こんな踏み込んだことを相談していいのかな?』
藁にもすがる思いで、勢いだけで坂本さんに相談したから、私はちょっと気まずさを感じていた。でも、坂本さんはそんなこと気にする様子もなくグイグイ来る。
「藍沢さん、学内三大イケメンって知ってるよね?」
「知ってる……」
三大イケメンは、田中くんと三島くんと……あと一人は忘れたけど、とにかく女子に人気の三人だったと思う。
「じゃあ、三大イケメンのうちの一人と付き合えるんだよ?? 人生の中でも滅多にない経験だよ??」
「でも…………」
「あいつのどこがいいんだか…………ってごめんごめん、そんな、ニラまないでよ」
別にニラんでいるつもりはなかった。でも、あいつって聞いて、目の色が変わったのかもしれない。
「でも、実は気持ちわかるんだ。私も同じだから……」
「…………何か言った?」
その口の動きには、声が伴っていなくて、私にはよく聞こえなかった。
「なんでもないよ。それで、藍沢さんはどうしたいの?」
どうしたい。ここで言うどうしたいは、田中くんと付き合うか、ふるかの二択だと思う。
そしてもちろん、私がしたい事なんて一つしかなかった。
「断りたい。やっぱ昨日も言ったように、私はその……す、好き……だから……」
私はさっきよりも頬が熱くなるのを感じて、少しホッとした。
でも私の願いとは裏腹に、坂本さんの顔が少し曇る。
「でも、田中はテニス部の人たちから熱狂的な人気があるから、もし断ったら、『何考えてんの』って言われるかもしれないよ?」
「えっ…………」
確かに田中くんはあれだけのイケメンだから、私がその想いを不意にしていいわけがない。周りの女子からも『田中くんをフるなんて調子に乗っている』と思われて、軽蔑の眼差しを浴びるかもしれない。
なら、付きあった方が楽なのかもしれない。たぶん悪い人じゃなさそうだし…………
いやいや、あり得ない!! 私は野村くんを諦めたくない!!
「まあ私テニス部だし、断った時のフォローはしてあげるから。だから、藍沢さんは好きな方選んで?」
私がよっぽど深刻な顔をしていたのか、坂本さんは明るい声でフォローしてくれた。
「わかった。ありがとう……」
私は坂本さんを見上げると、彼女は笑顔を見せた。私の目に映る彼女は、頼りがいのあるお姉ちゃんで、その笑顔ひとつで私の気持ちはずいぶん軽くなった。
坂本さんに相談して本当に良かった!
「あっ、やっと目を合わせてくれた! 藍沢さん全然目を合わせてくれないから、落ち着かなかったよ」
「あっ、それは……」
私は恥ずかしくて、また目を逸らしてしまう。
「いいのよ。だって、私と初めて目を合わせた時は、藍沢さんをからかった時だから、気まずくても仕方ないよ」
あの時って確か、野村くんが坂本さんに教科書を借りて、それでベタベタして…………
「いや、悪かったから! ニラまないでよ!!」
私はニラんだつもりは…………あった。私はしっかりと坂本さんをにらんでいた。でも、そのにらみはすぐにお互いの笑顔に変わって、二人で笑い合った。
なんだか坂本さんとは仲良くなれそう。私はそんな気がした。
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