第8話 空のお弁当箱

 「キーンコーンカーンコーン」と授業の終わりを告げるチャイムが鳴き、教室にざわざわとした開放感があふれる昼休み。

 

 俺はカバンから弁当箱を取り出して机の上に置いた。だけど、その箱を持ち上げた感触は妙に軽くて、俺の心は大きくざわつきはじめる。そして、恐る恐るフタ開けると、その嫌な予感はちゃっかり的中していて……


『弁当の中身がねえ!!!』


 フタを開けた先には、汚れひとつないプラスチック容器が輝いていた。


『なんで!? マジで? 弁当の内容がないよう……』


「ふふっ……」

 

 なぜか藍沢さんが吹き出したけど、俺はそれどころではない。あわてて時計をみるも、時すでに遅し、12時から10分も回っていた。


『もう購買行ってもおせえよな……じゃあ、自販機のジュースで腹ふくらませるか? いや、それはひもじいな!』


 元はといえば、両親が三日間出張だということ忘れていたのが原因なんだけど……


『いや、俺は悪くない! 悪いのは出張なんかに行った母親だ!』 


 俺は空腹のあまりに責任転嫁していた。だけど、文句を言ったところでお腹が膨らむことはない。


『あと、世の中が悪い! 時代が悪い! 父の気性があらいのが悪い! えーと……』


 そういえば妹が「私が弁当作ってやるわ」と言っていた気がしてきたけど……


『俺を嫌っているあいつのことだ。当てにする方がイカれている!』


 妹には責任を押し付ける気力も起きなかった。


 要するに俺の状況を一言でまとめると……


『メシがねえ!!』


 左ではなぜか弁当を開けるのをやめ、こっちを見つめているのをつゆ知らずに、俺は大きなため息をつく。そしてカロリーを求め、自販機へと向かおうと腰を浮かせたとき……


「野村くん、昼ごはんないの?」


 右隣から元気な声が…………いや、現金な声が聞こえた。だから、キッパリ口にする。


「ないけど遠慮する!」


「まだ何も言ってないんだけど!?」


 坂本さんは驚いたように声を大きくする。そりゃいつもとなりに座っているんだから、また何かを企んでるのは見当がつく……いつも?


「あれ? 坂本さんが昼休みにいるの珍しくない?」


「まあ、普段はテニス部の所で食べてるからね。今日はすごく面白いことが起こる予感がしてるから教室で食べてるんだけど……そんなことより私の提案聞かなくていいの?」


「ああ、いいさ……」

 

 ちょうどそう口にした所で腹部から「ぐぅー」と間抜けな音がなる。空気を読まない腹の虫は、俺が胸を張って強がっているときに鳴きやがった。もちろん、坂本さんはニヤニヤしながら俺の顔を覗き込む。


「本当にいいの?」

 

「わかった……話を聞かせてくれ……」


「素直でよろしい」


 すると坂本さんは自らの弁当を机の上に置いた。それと同時に後ろからイスを引く音も聞こえた。


「ここに弁当があります。だけど、私はか細い女子で小食だから半分くらいで足りるんだよね。だから、300円欲しいな〜」


 坂本さんは頼みを直接口にすることなく交渉してくる。言葉づかいから、その上目づかいだってそう、本当にズルイ女子だ。


「わかったよ、じゃあそれ……」


 俺が坂本さんの提案をのみかけたとき、ドンっと机の上に小さなお弁当が載る。そして、俺の視界には細い体が映り込み、坂本さんがみえなくなってしまった。目の前にある制服に包まれた華奢な体を見上げてみると、藍沢さんが顔を真っ赤にしていた。


「弁当がないなら、私のをあげる……」


 藍沢さんのとても小さな声がよく聞こえなくて、耳をかたむけていると奥の方から不満げな声が聞こえる。


「まだ、商談の途中なんですけどー」


 そんな声に藍沢さんは首だけ後ろに向けて、「じゃあ、私はゼロ円で」とつぶく。


「え? 何それずるい!!」

 

 藍沢さんは坂本さんの文句を完全に無視して、俺に向かってボソボソとつぶやく。


「ということで、私はいいからこの弁当を……」



「ちょっと待ったぁ!」

 

 藍沢さんが話している途中、突然うしろの方から叫び声が聞こえ、振り向くと教室の入り口に金色がふわりと舞った。そして周りの視線お構いなしにずかずかと教室を踏みいって、幼馴染の仲村沙奈は俺の前に立った。


「あんた弁当がないんでしょ」


 と沙奈が無い胸を張りながら、上から目線で口にしようとしたとき……


「沙奈じゃん?」


「あれ? 愛(坂本さん)?」


「久しぶり!!」


 なぜか、2人の久しぶりトークがはじまっていた。


「沙奈は、このクラスに何か用事?」


「あ、ちょっ、ちょっとね……」


 沙奈は声をうわずらせ、なにかを誤魔化すような口ぶりだった。


「そ、それより、なんで愛がこんなところに?」


「いや、なんでと言われても、私ここの席だよ?」


「そ、そう……裕太のとなり……」


 そんな坂本&沙奈のお久しぶりトークを白い目で見ていた藍沢さんが痺れを切らし、話を続ける。


「わ、私はいいから、この弁当食べて!」


「でもそれじゃあ、藍沢さんのお昼がなくなっちゃうよ?」


「わ、私はいいから、早く!」


 すると、坂本さんとごちゃごちゃ話していた沙奈が割り込んでくる。


「ちょっと、なに勝手に話進めてんのよ!」


 すると、坂本さんがニヤニヤしながら沙奈を見る。


「あの強気の沙奈が……なるほどねぇ……」


「う、うるさい!! そんなことより弁当の話だけど!」

 

「弁当の話はもうついたから…… ばいばい、さよなら」


 藍沢さんは小さく手を振っている。


「あんたねぇ! 勝手に話を進めないで頂戴! 私は帰らないから!!」


 藍沢さんと沙奈はなんだかにらみ合っているし、坂本さんは俺や二人を見てニヤニヤしていている。見たところ収集のつかないことになっているんだけど、お腹すいたからもう自販機行っていいかな?


「お、俺自販機でジュース買ってくるから」


 そう言って腰を浮かせようとすると…………


 沙奈には正面から両肩を押さえられ「あんたは逃げちゃダメ!」と文句を言われ、藍沢さんには裾をちょこんとつままれ「野村くん……行かないで……」とつぶやかれた。


 そして、二人は俺を押さえたままにらみあいを再開した。


『俺、お腹空いたんですけど!!!!』


 弁当を忘れただけなのに、こんなひどい仕打ちにあうなんて……

 

『弁当作らなかった愚妹め!! あとで覚えとけよ!!!』


 結局妹にも責任を押し付けていた。




【あとがき】

弁当回が無駄に広がり過ぎたので、今週と来週は2話ずつ投稿します。


 







 



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