第9話 不毛な戦いの結末は……
【前回のあらすじ】
「昼休みに弁当を忘れたら、女子二人に拘束されてしまった」
(仲村)沙奈は金色をさらりと流しながら、青い巾着袋をぐいっと俺に突き出した。
「はい、あんたの弁当! 今日無いんでしょ?」
俺の気持ちがそんなに顔に出てたのか、沙奈は
「ああ、私の心配をしてくれてるのかしら? でも、私の弁当は別にあるから安心しなさい」
沙奈はカバンからピンクの巾着を取り出し、机の上に置く。机にはちょうど人数分の三つの弁当が並び、藍沢さんは沙奈の弁当箱を見て暗い表情でうつむいた。その表情に満足げな沙奈は、石原さんと比べてだいぶ平らな胸を張っているが、俺はそこじゃなくて……
「なによ? まだ不満でもあるのかしら?」
「いや、だってさぁ……」
俺は、まだ沙奈が大人しい少女だった頃を思い出す。あの日はたしか調理実習の次の日で、突然料理を作りたいとか言い出してウチの台所で肉じゃがを作ったんだっけ。それで俺がトイレに篭ったんだよね……
「沙奈の料理はダークマターじゃん!」
あの料理と言えないなにかを思い出すだけで、胸のあたりから吐き気がこみ上げる。
「なっ……そんなハッキリ言わなくてもいいじゃない! それに安心なさい! 私が作ったのは一品だから!! 他はお母さんが作ってるわ。そもそも、お母さんにあんたの所の両親が出張と聞いてわざわざ作ってやったんだから感謝しなさいよね…………って、そのほっとした反応やめてよ」
沙奈はごちゃごちゃ言い終えると、もう一度弁当箱を突き出した。
「ってことで、はい。祐太のための弁当だからちゃんと受け取ってね?」
「いや! わ、私の方が先にあげるって言ったから……」
そこに藍沢さんが割りこみ、弁当を突きだす。そして、二つの弁当がぶつかると二人はにらみ合った。
「あんたの弁当は一つしかないじゃない! 自分の渡してどうすんのよ?」
「わ、私はお腹空いてないから……」
「あんた、小さいんだからちゃんとご飯食べなきゃ!」
二人の身長差は頭ひとつ分あって、藍沢さんは沙奈を見上げると俯いてしまう。だけどすぐに顔を上げて「金髪さんも小さいよ……」とつぶやいた。
藍沢さんの視線は、沙奈の不満げな顔から、少し下がったところにあって、沙奈は視線を追うように真下を向いて、いきなり顔を真っ赤にする。
「ち、ち、小さくないし!! 今そんなことは関係ないでしょ!! とにかく! 祐太はこの弁当を食べるの!!」
「いや……私の弁当を……」
「いーや、私のよ!」
「じゃあさ!!」
二人がうるさかったのか、これまで黙っていた坂本さんが口を開いた。その声は、いつの間にか左側から聞こえていて、ついに俺の席は三方を囲まれた。
「どうせ沙奈は二つ弁当あるんだし、野村くんはそれをもらってさ、藍沢さんが一つおかずあげればいいじゃん。だって沙奈が作った料理は一品なんでしょ? なら同じじゃん!」
「でも……」
沙奈がまだ不満があるような口ぶりでつぶやく。藍沢さんも口にはしないものの困ったような表情をしている。そんな、煮え切らない二人に坂本さんは怒りをあらわにした。
「彼もう空腹で死にそうなんだよ? そんなに揉めるんだったら私の買い取らせるよ?」
「それはだめ!!」
沙奈の即座の否定に、藍沢さんもコクコクと頷いている。
「だったら決まりだね!」
坂本さんはふたりに明るくそう言うと、俺の方を向いて、やってやったぜと言わんばかりの顔を見せる。俺の困ったを
「あとで、ジュースね」
結局、坂本さんは相変わらず坂本さんだった。
* * *
「じゃあ裕太、一番美味しかったのはどれかしら? 答えなさい」
机を二つ挟んで向き合う沙奈は、俺をジッと見つめながら問うてくる。左側に座る藍沢さんも、心配そうな顔をして見つめてくる。
結局、坂本さんの提案通りに弁当をもらい、二つの机を前後でくっつけ、四人で囲って弁当を食べた。
沙奈からもらった弁当箱の中には、彼女が作ったと言うスクランブルエッグがあって、弁当のフタ裏には藍沢さんの作ったという肉じゃがをのせてもらった。そして、なぜかその横には、坂本さんが作ったと言う卵焼きがのっていた。
昼メシ抜きから一転、たくさんの料理に囲まれてとてもありがたい。だけど……スクランブルエッグや肉じゃがを口にしようとすると、妙な熱視線を感じとても食べづらかった。それもこれも、沙奈が「誰のが一番美味しいか、勝負よ!」と勝負を持ちかけたのが原因である。
そして俺が勝敗を決める時が来て、沙奈の問いに一つため息をつくと、申し訳なさを噛み締めながらゆっくりと結論を出す。
「やっぱ、坂本さんの卵焼きかな」
口にしたとたん、二人の鋭い視線はすぐに坂本さんに向かう。それを
「いやー、ここは女子力を見せとかなきゃってね?」
そのヘラヘラとした笑いに、沙奈の目つきがさらに鋭くなる。
「まさか愛も仲間じゃないでしょうね?」
沙奈が口にした言葉に藍沢さんもビクッとする。だけど……
「ないないないない!! 私は違うから!!」
と手を激しく振りながら否定した。
「これ以上ライバルが増えるとか、勘弁してよね……ってもうこんな時間!!」
沙奈は時計を見るなり、突然立ち上がった。そして、あわてて弁当を二つ抱えると、教室の出入り口まで走っていったと思えば、そこで急に立ち止まる。
「今回は愛に負けたけど、次は絶対勝つから覚悟なさいよ!」
沙奈はそう叫び残して、すぐに姿を消してしまった。
そして、嵐のような金髪が去っていった後、藍沢さんと何かを話す間も無く、授業が始まってしまった。
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