第10話 お弁当箱の裏側
【前回のあらすじ】
「坂本さん、漁夫の利!!」
「はい、英単語のテストやるから、筆記用具以外しまって!」
少しキツイおばさん先生は、声を張り上げながらうざったい声音で叫んだ。
『このおばさん何回小テストやるんだよ。めんどくさい!!』
何度も行われる小テストに不満を抱きつつ、しぶしぶと教科書をしまう。そして、モタモタと回ってくる解答用紙を、イライラしながら待った。
本当ならすぐに藍沢さんにお昼のお礼をしたかった。だけど、沙奈が走り去った直後にチャイムが鳴って、間髪入れずに先生が小テストなんて叫ぶから、何も伝えられないまま5分や10分が過ぎていく。
そして、もどかしい小テストを終えると、すぐ左にノートの切れ端を送り込む。すると、すぐに切れ端が返ってくる。
切れ端には「肉じゃがありがとう! 美味しかったよ!」の汚い文字の下に、「どういたしまして、でも坂本さんには敵いませんでした」と書き加えられていて、俺はひどく後めたさを感じた。
だって……
『あの中で一番美味しかったのは、間違いなく藍沢さんの肉じゃがだもん』
藍沢さんが突然振り向いたのはさて置き、俺は昼休みのことを思い返す。
『スクランブルエッグや卵焼きも美味しかったけど、両方味の差が出るような料理じゃないし。もはや卵焼きに関しては坂本さん本人が作ってなさそうだし、やっぱり一番は肉じゃがだった』
藍沢さんが目をぱちくりさせる中、俺は罪悪感を振り切るようにブンブンと首を振って、もう一枚ノートをちぎってシャーペンを滑らせる。
『さっきは気を遣ってくれてありがとう、助かったよ! っと』
俺がそう書いた紙切れを右側に投げると、坂本さんは納得したように受け取り、筆を走らせる。そして、藍沢さんも納得したように頷いているのに気づかぬまま、紙切れはすぐに帰ってきた。
「私的にも、沙奈と藍沢さんがギスギスするのは避けたいし、気にしないで。そんなことよりジュースね」
紙切れにはかわいげのない美文字でそう書き込まれていて、結局ジュースをせびられている。でも、これは照れ隠しなんじゃないかなぁとも勝手に想像してみたりする。だって、これだけ気を遣ってくれるんだから、本当は優しい人なんだと思う。だから、ここは素直に感謝を伝えるべく……
『でも、ジュースの対価にするほど美味しくは無かったけどね? っと』
やっぱり彼女に感謝するのは
そして、俺は次の文で目を丸くする。
「うるさいなあ、そう言うことを女子に言っちゃダメだよ。あれちゃんと私の手作りなんだから」
俺はさっき箸でつまんだ卵焼きを回想し、結構キレイに渦まいていたことを思い出す。
『意外と女子力高いね! まあ、坂本さんのこと女子とは思ってないけどね! っと これでおしまいかな』
黒板に埋まってく白いローマ字はそろそろ右端に到達していて、消されてしまう前に急いで書き留めようとシャーペンを持ったところ、丸まった紙が飛んできた。
それはまるでゴミ箱にゴミを捨てるような軌道で机にバウンドし、しわくちゃの紙を広げると「ジュースは150円までギリギリ使ってやる!!」と殴り書きされている。
俺はその紙を見て満足した。そして、藍沢さんもなんだか満足げに頷いていた。
* * *
その日の夕食後、俺はスマホをカツカツといじって電話マークを押す。そして数回の呼び出し音の後に突然スマホから流れた割れんばかり大声に思わず耳を離した。
「ちょっ、い、いきなり何電話かけてきてるのよ?」
俺はちょっとキーンとする耳に、恐る恐るスマホを当ててからゆっくりと返事をする。
「ごめん……迷惑だった?」
「べ、別にそんなことはないわよ! そ、それより用件は何よ?」
通話口からはそわそわした声が聞こえていて、突然すぎたと少し反省する。
「ごめん……驚かせた割に大したことじゃないんだけど、弁当ありがとう。ジュース一本だけになるところだったから、本当に助かったよ」
「そ、そう……ま、まあ、うちの母がアンタの所の両親が出張なんていうから、仕方なくね。それで……」
「あと、スクランブルエッグおいしかったよ!」
俺が話を遮ってそう言うと、通話口からピタリと返事が止んでしまった。やっぱり、驚かせてしまったのが気に障ってしまったか。
「ごめん、ビックリさせて迷惑だったよ……」
「そ、そ、そんなの当然じゃない! 私が作ったんだから美味しいに決まってるでしょ?」
通話口からはさっきよりも、そわそわして落ち着かない声が聞こえてくる。
「でも、昔沙奈の肉じゃが食べた時はお腹壊したんだけど?」
「……それは、まだ未熟だったからよ?」
「じゃあ、ずいぶんと成長したんだね?」
すると、通話口からはしばらく無音が流れ、「そうだね」と、ため息と一緒に流れてきた。その声には、さっきまでの強がった語気もなくて、寂しげな声音をしてる。
「どうしたの? 悩み事?」
「な、なんのことかしら?」
「昔の沙奈が出てたからさ」
昔の沙奈は悩み事をすると、相槌が「そうだね」の一辺倒になるのでわかりやすい。最近は話すこともなかったから沙奈の「そうだね」を聞くのも久しぶりだった。
「はぁ〜裕太にはなんでもお見通しなのね?」
彼女はもう一つため息をつくと、少し悲しげな吐息とともに真剣な声が聞こえてくる。
「今の私どう思う?」
今の私、とは金髪でいじっぱりで、変な口調の沙奈のことだと思う。逆に、昔の沙奈は、おとなしくて消極的な女の子だった。
その問いに対して俺は『昔の沙奈ほうが話しやすかった』というのが変わることのない解答だ。だけど……
「それは沙奈が決めることだよ」
実際、昔の沙奈と比べれば周りを囲っている友達は増えたし、モテているっていう話を耳に挟むし、彼女の環境は良くなっていると思う。
だったら、今のままの方が彼女にとっては幸せだと思う。
「そうよね……」
彼女は少し寂しげに一言つぶやくと、
「うん、そうよね!」
とかみしめるように明るく言い直した。
「じゃあ、明日の弁当楽しみにしてなさいよ? とびっきりのを作ってあげるから!」
その声はすっかり今の沙奈にに戻っていて、少しホッとした。そして、ちょっぴり寂しさも感じた。
【あとがき】
第一話の一部を修正しました。物語に少し影響しそうなので報告します。
修正箇所:1話の7行目あたり
修正前:俺は、二ヶ月の間ともに生き抜いた……
修正後:俺は、一ヶ月の間ともに生き抜いた……
時期的に、1話が6月くらいの想定です。
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