第11話 妹を敵に友情は芽生えますか?

【前回のあらすじ】

「10話参照」

 

 茶色の髪が隣でゆらゆらと揺れる昼休み。青い弁当箱を開けると、今日はちゃんと中身が入っていた。


 ただ弁当箱に中身が入っているだけなのに、なんだか妙に嬉しくて、最近の若者らしく弁当をスマホで撮影していると、隣の坂本さんがつまらなさそうに弁当を覗き込んだ。


「今日は中身あるんだね……」


「なんでそんなガッカリそうなんだよ!」


「だって、恩を売ることができないじゃない?」


「ああ、恩を買えなくてよかったぜ」


「あーあー、つまんない!」


 坂本さんは面白くなさそうに嘆くと、弁当箱を片手に教室の外へと去って行った。

 

『まるで人の弁当がないことを喜ぶなんてどんな変態だよ!』

 

「そ、そんなことはないと思うよ……」


 とつぜん左から聞こえた小さな声に「藍沢さん?」と驚いた。すると、


「あ、いや、さ、坂本さんはそんなガッカリしてるとか、そんなことはないと思うよみたいな……」


 と何かを取り繕うようにあたふたしていた。


「いやまあ、俺の弁当があることに歓喜されても困るんだけどさ」


 藍沢さんは「あはは……」と少し苦笑いしてから、俺の弁当に目を落とす。いや、さっきから俺の弁当をチラチラと見ていた。むしろ弁当しか見てなかったと思う。


「そのお弁当はお母さんが作ったの?」


「いや、ツバサちゃんが作ったのよね?」


「ツバサちゃん? それは野村くんの妹さん?」


「そうよ! 祐太の妹よ」


「へぇ……………………えっ?」


 藍沢さんはハッとして顔を上げると、沙奈に鋭い目線を向ける。沙奈はいつのまにか坂本さんの席に座っていた。


「なんでいるの……」


「あら、いいじゃない?」


 沙奈は相変わらず金髪を堂々と流しながら、藍沢さんを見据える。藍沢さんはその視線から逃げるように俺を見て、むくれてしまう。


「まあまあ、で、沙奈はどうしたの?」


「今日はツバサちゃんが弁当を作るっていうから、ツバサちゃんのお手並拝見……」


 そこまで言ったところで、ふと言葉が止まる。途切れた声を不思議に思い、沙奈の方に目をやると、弁当箱を見ながら固まっていた。それも、驚きのあまりといった様子で開いた口が塞がっていない。


 そこに藍沢さんもヒョイっと俺の弁当を覗き込むと……


 藍沢さんも「嘘でしょ!」と言わんばかりに、口に手を当て、驚きの表情をしていた。なんで? そんなに給料低かったの?


 ふたりの驚きように俺が思考停止していると、いつ仲良くなったか知らない二人は、顔を突き合わせこしょこしょと話をしていた。


「……これ、どうか考えてもちゃちゃっと作れる量じゃないわよね」


「少なくとも二時間はかかると思う……」


「じゃあツバサちゃんは4時起き? 裕太のために?」


「野村くんのために、妹が4時起き……」


「…………&…………」


「これは難敵のようね!&手強いですね……」


 無駄に仲良さげな二人は、声も顔も揃えて何かをささやき合っていた。なんだか手も組み合っていて、友情が芽生えてそうなシーンだったけど、俺にはイマイチ聞こえなかった。


* * *

 

 その日の夕食どき、俺は真正面に座り仏頂面をする妹に声をかける。


「弁当ありがとう、美味しかったよ」


 すると、ツバサはきつく睨みつけてきた。


「兄貴ウザい……そうやっておだててくるのがほんとにウザい! 兄貴に褒めて貰って喜ぶとでも思った?」


「ごめん……でも本当だから……」


「そう? 言われた所で私は嬉しくないけどね」


 そう言うとツバサは黙ってしまう。俺はその沈黙が嫌で、取りつくろうように言葉を並べる。


「……いや、昨日は本当にごめんって! でも俺も父さんの緑色の弁当を持って行こうとは思わなかったから」


「なに? 私がそんな小さいことを気にするような女に見える?」


「昨日、散々文句言ってたような……」


「は?」


「ごめん……」


 そして、二人で囲む食卓は静かになった。普段なら四人で囲っているけど、両親が出張中だからずいぶんと寂しい。目の前にはツバサが用意してくれたミートスパゲティと弁当に入っていたおかずが並ぶ。


 俺は間がさみしくて、懲りもせず話しかける。


「このミートスパゲッティ美味しいよ。野菜の甘みとひき肉がすごく引き立ってる。これソースから作ったの?」


 手元のスパゲッティを眺めながら思ったことをつぶやくと、妹のにらむような目線と目が合った。


「バカじゃないの? これ既製品よ?」


「そう……ごめん……」


 こうして二人の間の会話は消えた。


 俺はパスタをフォークに巻きつけて持ち上げてみる。パスタに絡まるミートソースは輝いてとても美味しそうに見える。ていうか美味しい。でも、じっくり見てみると野菜の粒とか残っているし、色だってキレイな赤ではなくて自然な薄い赤色をしている。


 結局その後も会話といった会話は無くて、言葉を交わしたのは「皿くらい洗おうか?」のに「皿割りそうでめんどくさいから私がやる」と即座に跳ね除けられたくらいだった。そしてお互いそれぞれの部屋に分かれてしまう。


 やっぱり妹とは仲良くはできなかった。


 ご飯も用意してくれて、一緒に食べてくれたからもしかしたら仲良くできるんじゃないかと期待して話しかけてみたけど、いつものルールを守ってるだけのことで、もしかしたら両親にそう言いつけられているのかもしれない。


 そう、残念ながら兄妹とは所詮こんなもんだ。


 隣の部屋からやけにドンドンと聞こえる中、俺はベットに仰向けになりながら、天井をぼんやり見つめていた。

 

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