第15話 殺人アイビーム


 【前回のあらすじ】

「沙奈と藍沢さんが三ヶ月間の停戦協定を結んで、少し仲良くなった」



 一人カフェに取り残された俺は、空席にゆらめくコーヒーの湯気を眺めていた。そして、その湯気に一つの疑問を抱いていた。


『沙奈ってコーヒー好きだったっけ?』


 沙奈と長く付き合ってきて、聞いたことなかったんだけど……

 

 俺は中学時代のことを思い出す。


 沙奈が俺の家に遊びに来たときは、たいていココアを飲んでいた。ジュースとか牛乳とかの日もあったけど、ほとんどココアで、俺の母は沙奈が来たらとりあえずココアを出すくらいにはココアだった。俺にはそれが不思議で仕方なくて、ある日「たまにはコーヒーも飲んでみたら?」と俺のカップを差し出したことがあったんだっけ? それでアイツは……。


『あれ? 拒絶してなかったっけ?』


 コーヒーカップに目を合わせようともせずに、「無理だよ……」って言ってたような気がする……



 俺は中学生の頃を懐かしみながら、湯気を上げるカップに一口つけた。もちろん、カフェのコーヒーと家のインスタントじゃ味は全然違うのに、何故かあの頃の懐かしい香りがした。


 それで、もう一つ。さっき沙奈が「好き」って言った時、やけにコーヒー推しの坂本さんを迷惑そうにしていた。なら、もしかしたら好きなものはコーヒーじゃない?


『じゃあ、何が好きだったんだろう?』



 もしかして、俺だったり…………なんてね!


 昔の沙奈ならあり得たかもしれないけど、今のキラキラとした沙奈ではあり得ないと思う。だって、高校に入ってからたくさん告白されているって噂で聞いたことあるし、クラスの中で突撃こくはくして爆死したやつも聞いたことがある。それに、イケメンに毎日のように求婚されているとも聞いたことある…………その噂、正気か??


 でも、そんなにモテモテならば俺じゃなくてイケメンの方に行くでしょ。校内三大イケメンの誰かとか。


 三大イケメンは三島君と田中君と砂田君の三人のことで、三島と田中が俺と同じクラスにいる。


 三島はいかつい感じが女子に大人気で、王道のモテるイケメン。それこそキラキラギャルの沙奈と並んでも差し支え無さそうなイケメンだ。でも、アイツは石原さんが好きって噂だし、それに関してはドンマイとしか言いようがない。


 田中は顔が中性的で可愛い系のイケメンだ。たぶん女装したらそこら辺の女子より可愛いと思う。三島と比べれればイケメン度は落ちるけど、勉強も学年トップレベルで、部活もテニスの全国大会に出るレベルで、全てにおいてハイスペック。でも、女子テニス部に宗教的に慕われているから、近付き難いのと、あとシンプルに性格がキツい。


 砂田は同じクラスじゃ無いからわからん。


 まあ、彼らは何もしなくても、引力が働いているんじゃないかレベルで、全ての女子が惹きつけられて行くから。沙奈も簡単に惹きつけられてそうなもんだ。


『じゃあ、あの時、いったい何に「好き」って言ったんだろう?』


 ますますわからなくなってきた。


 そうやってカフェの外をぼんやり見ながら考え込んでいると、目の前を人影が横切った。それは、なんだか見覚えのある、ずいぶん華のあるやつで、そのまま同じカフェに入ってきた。


『あれは田中君?』


 カフェ内の女子が思わず振り向き、入り口には自然と視線が集まる。彼は集まった熱視線をクールにかわし店内に入ってくる。


 田中君のことをよく知らない俺でも、その異質な雰囲気に、田中君だと気づかざるを得なかった。


 彼とその友達だと思われる二人は、店内をズカズカと歩くと、俺と背中向いになる席についた。


『まあ、こんなイケメンに接点なんてないから、気にしなくていいか』


 俺は後ろを諦めるともう一度コーヒーに口をつけた。口の中には、ぬるい苦味がまとわりつくように広がる。


『コーヒー冷めてるし!! っていうか、二人? いや三人とも遅いなぁ』


 すっかり冷めた二つのコーヒーを見て、ため息をついた時……


「俺、藍沢さんに告白しようと思うんだ」


 後ろから聞き捨てならない声が聞こえてきた。


 俺の体はビクッとして、思わず後ろに振り向きかけた。今まで考えていたことが全部吹き飛んで、頭の中は焦りでいっぱいになった。


『このままだと藍沢さんが田中君のものになっちゃう!!』


 俺は焦りのあまり手が震えていた。このままじゃ手遅れになってしまうとか、取られてしまうとか、そんな感じのことばかりが頭を支配する。心が大きくざわついて、ソワソワして落ち着かなかった。

 

 だけど、ふと冷静になったとき、俺は首をかしげた。


『よくよく考えれば、藍沢さんって、ただの隣の席の女の子なんだよね』


 あまり話したことも無いし、仲がいいわけでもない。ただのお隣さん。

 何気ない仕草が可愛くて、色々優しくしてくれる、お隣さん。


 それならば、さっき感じた焦燥感は、自分でもよくわからないものだった。


『なら、田中君が告白しても問題ないんだ』


 田中君は学内でトップクラスのイケメンだ。藍沢さんもこんなイケメンに見繕われるなんて幸せじゃないか。


 でも、考えれば考えるほど、理論には納得しているのに、釈然としなかった。俺はあまりのもどかしさに頭を抱えていると……


「ねえ、野村君」


 俺が慌てて頭をあげると、そこには田中君が立っていた。


「聞いてたよね? 諦めてくれないかな?」


 彼は至って落ち着いた口調をしている。一方の俺は慌てふためいていた。


「あ、あ、諦めるってなにを?」


 藍沢さんを? 俺は藍沢さんのなんでも無いのに?


「とぼけても無駄だよ? あれだけ仲良さそうにしているのに、シラを切るつもり?」


 彼は柔らかい口調で、高圧的に問いかけて来る。表情だけは笑顔なのに、目が全然笑っていない。


 ただ、ここで『藍沢さんは渡さない!!』なんて言うつもりもなくて、だけど『諦める』とも言いたくなくて、用意した言葉を口にしようとした。


 でも……



 「藍沢さんを幸せにしてあげてね」と言う言葉が、喉元につっかえてどうしても出てこなかった。


 俺が黙り込んで行くほどに、彼の目つきが厳しくなる。そして、口にするハードルがどんどん上がっていって、にっちもさっちも行かなくなっていると、そこにまたもや愛おしい声が。


「あら田中くん?」

 

 その短髪さんは組み合わせが不思議だったのか、俺と田中君を交互に見ると首を傾げた。


「さ、坂本……」


 そんな坂本さんに、彼は顔を引きらせながら作り笑顔をした。彼にそんな表情をさせるとか、坂本さんって一体何者? なんて考えていると、連れの二人も帰ってきた。


「仲村さんに、それに藍沢さん……」


 彼は二人を交互に見ると、特に藍沢さんをじっと見つめた。その目つきは女子を落とす、まさに殺人アイビームのように見えて、坂本さんはドン引きをしていた。

 

 イケメンビームを受けた本人がどうだろうと振り向くと、藍沢さんは俺と目が合って、すぐにそらされた。そして、田中君の目線のずいぶん先にいた、女子大生三人組が「キャー」と黄色い悲鳴をあげて倒れた。


 殺人アイビーム、恐ろしや!


 彼は俺らを見ると、一瞬すごく嫌そうな顔をした後、とびっきりの営業スマイルになって、


「野村君、邪魔してごめんね。じゃあ、また学校で」


 とどこかへ行ってしまった。俺は嵐が去ってほっとしていると、坂本さんが首を傾げる。


「野村君って、田中と知り合い?」


「見知った顔だったから、声かけてくれたんだよ」


 俺がそう言うと、坂本さんは不思議そうな顔で「そう?」とだけつぶやいた。納得してない感じがひしひしと伝わってきて、何でだろうと俺も首を傾げていると、後ろからうざったい声が聞こえてくる。

 

「あんたがイケメンと友達って似合わないもんね!」


「うるさいわ!! 別にイケメンと一緒にいるくらいいいじゃん!」 

 

 ずいぶん失礼な話だった。でも、その小さな声も……

 

「私も似合わないと思う……」


 藍沢さんにまでそう言われてしまった。


「そんなに似合わない??」


「うん!!&そうよ!!」


 声がハモって、二人は顔を見合わせて笑っていた。いつの間にかまた一段と仲良くなっていて、案外気が合う説は間違いじゃないようだった。

 

 でも、仲村と笑い合っている藍沢さんを見て。イケメンに好意を向けられた藍沢さんを見て。


 藍沢さんが遠い人のように思えて、俺は少し寂しくなった。

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