第28話 卵焼きの行方
【前回のあらすじ】
救世主を求めたけど、お呼びではない人が来てしまった。
「やあ、小春」
とつぜん藍沢さんの前に現れた伊藤は、藍沢さんにニコッと笑顔を向ける。
「なに、こうくん」
藍沢さんは俯いたまま小さな声でつぶやいた。藍沢さんの表情を伺うことはできなかったけど、相変わらず仲が良さそうに見えた。やっぱりお似合いの二人で、なぜだか心のモヤモヤが増していた。
「今日も一緒に食べな……」
「昨日、一緒に食べないって言った!」
『藍沢さん拒絶はやっ!!』
藍沢さんはものすごい早口でつぶやくと、チラリとこちらをみてドヤ顔をした。でも俺にはその表情が理解できなかった。私たちはこの速度でやりとりができるっていう自慢? でも、あまりのスピードに伊藤も狼狽えているんだけど?
「だ、だよね…………そう! 俺は仲村さんに用事があって、一緒に食べに来たんだ。ね、仲村さん!」
だけど、そこはイケメンだった。彼は狼狽えたあと、すぐに立て直し、さも最初から(仲村)沙奈に用事があったように振る舞った。
その切り替えはとても自然で、本当に沙奈に用事があるように見えた。俺は思わず彼をにらんだが、とうの沙奈は……
「はいっ? なんでアンタなんかと……」
沙奈は途中まで言いかけたところで、ハッとした。そして眉間にシワを寄せて、何か考え込むような素振りをすると、パッと笑顔が咲いた。
俺は知っている。沙奈のこの表情は面倒なやつだと。
「いや、違うでしょ? 用があるのは愛でしょ。はい座った座った。愛も少し机貸してやってよ」
沙奈は藍沢さんの斜め前に立っていた、伊藤の腕を掴み引っ張ると、坂本さんの席の前に連れてきた。引っ張られるままに座らされた伊藤は、沙奈をにらみ「どういうことだと」小さな声で文句を言った。
「アンタ、あの状態の小春にちょっかいかけて、うまくいくと思ってるの?」
「でも……が、…………だろ。だから、急がなきゃ」
伊藤の小さな声は所々小さすぎて聞こえない。でも沙奈の声は同じ声量でも、透き通っていて聞き取れてしまう。
「でも、そんな事情小春に関係ないわ。私は小春の友達でもあるから、小春を傷つけるのは許さないわ」
「前と………………が違うだろ………………を協力してくれるって…………だろ」
「私は協力とは言ったけど、そんな広範囲のことまで言ったつもりは無いわ。残念だったわね。それより、今の状態は、怪しいわ。とりあえずここで食べて行きなさいよ」
「…………わかったよ」
彼のものすごく不満そうな声が聞こえて沙奈と伊藤の会話は終わった。伊藤も諦めがついたのか、坂本さんの席に弁当をおきながら「坂本、ちょっとお邪魔するな」と坂本さんにやんわりと言った。
伊藤と沙奈の話を聞く限り、完全に坂本さんがとばっちりを喰らう構図になってないか? 伊藤が姉貴を傷つけようものなら、俺は戦う覚悟だった。もちろん、困り顔をしているよな、そう思ってやけに静かな右側を振り向くと……
顔を真っ赤に染め上げて、壊れた機械のように煙を口から吐いていた。
「坂本さん!?」
坂本さんは呼ぶ声に反応したのか、ハッと意識を取り戻した。
「あ、いや、だ、だ、大丈夫だから!!」
そうして平然を装ったように、背筋を伸ばし、弁当に箸を運ぶ。だけど、手が小刻みに震えているせいで、お米さえ口に運べていない。いつもとは明らかに違う坂本さんの姿に、俺が心配に思う中、沙奈は大きなため息をついた。
「愛って、卵焼きつくるのが上手だったわよね。伊藤もひとつ貰ってみたらどうかしら」
沙奈の一言でこの場が凍てつくのがわかった。そもそも、沙奈がどういった意図で言ったかは、わからないけど、この場がめんどくさくなることだけは確実だった。
唯一その場にいなかった沙奈は知らないかもしれないけど、卵焼きは一昨日藍沢さんが伊藤に食べさせていた料理であって……
「わ、私? 別に卵焼きとかべ、別に上手くないから……」
「いーや、私や藍沢さん負かせた実力よ、伊藤も食べてみなさいよ」
沙奈は、坂本の弁当を掴むと、勝手に伊藤の方に差し出してしまった。俺の目には、沙奈が暴走しているように映った。もちろん、弁当を差し出された伊藤は、少し困ったような顔をする。
「いや、人の弁当をいただくなんて申し訳ないし……」
そりゃそうもなる。本人から突き出されたのならまだしも、暴走気味の沙奈に押し付けられているのだから。勝手に弁当を差し出された坂本さんだって、不満そうな顔をしているはず。そう思って、右隣に目をやると……
あろうことか、卵焼きが食べてもらえないが寂しいかのようにシュンっと下を向いていた!
『坂本さんって、卵焼きにすごいプライドでもあるの??』
でも、どんな状況であれ俺の姉貴である坂本さんを落ち込ませるなんてなんてつもりだ。俺は彼を無駄に威圧した。そして、沙奈も食べろとの雰囲気を出す。こうして、伊藤はその卵焼きを食べざるを得なくなってしまった。
ここで彼の内心は複雑だと推測する。これが卵焼きでなければ素直に美味しいと言っておけば問題ないのに、よりにもよって一昨日藍沢さんにも、貰った卵焼きだ。
もし坂本さんの卵焼きを美味しいと言ったら、藍沢さんがジェラシーを感じて不機嫌になるかもしれない。それは彼にとっては避けたい事態であり、ここでは『普通』と言いたいところだろう。でも、沙奈がムダにに坂本さんの卵焼きを賞賛するものだから、『普通』の評価はしづらい。さらに、坂本さんがもじもじしながら上目遣いをしている。そこに加えて俺もにらみを聞かす。
彼は震える箸で、坂本さんの弁当の卵焼きを掴むと、一口で詰め込んで、ゆっくりと味わった。その行く末を、俺と坂本さんと沙奈が注視する中、彼が飲み込んでから、口にした言葉は……
「この卵焼きも、すごく美味しいよ!」
さすがはイケメンと言ったところ。すごく無難な回答で俺はつまんないと思った。だけど、俺としてもギスギスしないでほっとした。それに、隣の坂本さんは頬を赤らめてニヤけていたし、彼女が嬉しいならそれで……
『ていうか、坂本さんの卵焼きに対する情熱すごいな!! 卵焼きを褒められたらなんでもいいの??』
こうやって、伊藤的にも俺的にも納得できる場のおさめ方だったのに、沙奈だけは納得していないように見えた。不満そうな顔で首を傾げていて、このまま放っておけば、「卵焼きも? あんた他にも卵焼き食ったの?」なんて言いかねない。
『そもそも、さっきから沙奈は何がしたいのかな??』
俺は沙奈の行動がよくわからなかった。なんで、坂本さんの卵焼きをプッシュしているの?
『沙奈は、坂本さんと伊藤をくっつけたいのかな?』
でも、それもなんで? 沙奈にとってメリットなくない?
『もしかして、実は沙奈がはとんでもないツンデレで、実は伊藤のことが好き?』
いやいや、全然そんなふうには見えない。さっきだって沙奈は終始不機嫌そうに会話していたし、なんだか左隣から怪訝な視線も向けられているような気がする。
だったら、何? 卵焼きが何か関係しているのだろうか……
そこで、ふと、「いーや、私や藍沢さん負かせた実力よ、伊藤も食べてみなさいよ」の言葉が思い浮かぶ。そして、俺は一番もっともらしい仮説を思いついた。もし、沙奈がその通りの思惑なら、解決は簡単だ。俺は、沙奈に向いて優しく微笑んだ。
「沙奈、この間のスクランブルエッグも十分おいしかったよ。だから、自信持っていいとおもうよ」
沙奈が坂本さんの卵焼きをプッシュするのは、「料理対決に負けたのは私が原因じゃなくて、彼女の卵焼きがすごすぎた」ことにしたい沙奈は、坂本さんの卵焼きを第三者である伊藤に食べて、認めてもらいたかったからだと予想した。
それなら俺は、彼女のスクランブルエッグを認めてあげれればいい。そしたら、これ以上卵焼きにこだわらなくてすむはずだから。でも……
「ちょ、ちょ、ちょ……な、なんで、そっそこで私の料理なのよ!! それって……」
沙奈は唐突に顔を真っ赤に染めると、アワアワと目をキョロキョロとさせる。
「あれ? 沙奈?? 大丈夫?」
俺は確認のように坂本さんに目を合わせると、すごく気まずそうな表情をしている。これ、そんなにまずい発言だったの?
俺が首を傾げていると、左隣から
ガタンッ!!
と大きな音が聞こえた。
慌てて振り返ってみると、立ち上がった藍沢さんにきつくにらまれる。その目は若干赤く腫れていて、只事じゃないことだけは分かった。
「野村くんなんて知らない!!」
彼女は強い語気でそう叫ぶと、俯きながら俺のうしろを通って教室を去ってしまった。いきなりのことに、誰もがぽかんとする中、とっさに反応したのが、坂本さんだった。
「私、ちょっと追いかけてくるから!!」
彼女は小走りで藍沢さんを追いかけて行った。そして、ポカンとした3人だけが取り残された。
伊藤は、情報が足りなさすぎてポカンとしているし、俺は知っているつもりでも状況が何一つ理解できていない。そして唯一何か知ってそうな沙奈は、頬を赤く染めて俯くだけだった。
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