第34話 席取りゲーム


 集合場所は学校近くのファミレスで、集合時間は9時30分。昼時まで勉強した後に、昼食をとってから解散するらしい。


 なぜ、朝集合なのかといえば、同じ考えの生徒テスト前の勉強会が集まって騒がしくなるを避けるために、早い時間に集合になった。というよりか、そうやって(伊藤)康太が提案した。


 康太はそう提案した後に、なにやら藍沢さんに向かって話しかけていた。おそらくこの後二人で、一緒に勉強しないかと提案したみたい。だけど、その後の様子からどうやら藍沢さんに振られたみたいだ。


「はぁ〜」


 私はそのことを思い出すと、ついため息をついてしまう。そして、ため息をつくと目の前に座る彼女が、茶色い髪を揺らしながら首を傾げる。


 彼女は心配してくれているのか、不安げに私を見つめる。でもその視線が妙に心地悪くて、ついついスマホに視線を移す。


 見慣れたホーム画面には、通知は一件も表示されていなくて、ただ8:59と記されているだけだった。


 私はさらに、心の中で「はぁ〜」と大きなためいきをついた。



 朝のファミレスを見渡してみると、客はまばらにしかいなくて、それも皆さん手元に向かって集中している。だから、店内は僅かな話し声しか聞こえなくて、とても静かだ。

 

 だから、藍沢さんと二人っきりがとても気まずい。


 こんなどうしようもない状態なったのは、二人が似たもの同士だからかもしれない。


 私は康太と一緒に勉強会ができることに、ついテンションが上がってしまい、30分以上も早く来てしまった。「さすがに早過ぎた……」と思いつつも、ファミレスに入ると、私は唖然とした。上には上がいて、藍沢さんがすでにジュースを片手にソワソワとしていた。その彼女の姿は間違いなくお目当ての人を待つような、落ち着かなさで、私と同じなんだと、そう直感した。私は、そんな彼女の向かいに座ってジュースを注文した。


 そして、あっという間に氷だけになってしまい、今に至る。


 気まずさを感じているのは私だけじゃないみたいで、藍沢さんは藍沢さんで教科書を見ているようで、全然見ていなくて、視線もチラチラとこちらに向かう。そして、教科書をパタンと閉じると、私をまっすぐと見た。


「坂本さん…………なんかあった?」


「いや、何もないよ??」


 私はできるだけ普段通りに振る舞うように努めた。彼女が私の気持ちを知ると、関係がよりややこしくなるし、私にとってもいいことにならない。だから、誤魔化さなきゃいけないんだけど、藍沢さんはまだ、私の瞳を見つめている。



「さっきから、ため息ついているし、心配そうな顔してる…………」


「気のせいだと思うよ。でも、ありがとう」


 私はそうやって話を片付けようとするが、藍沢さんは私を見たまま、首を横に振る。



「ううん…………何か悩んでいるよ? 私にできることなら何でも言って…………私も助けてもらったから…………」


 多分藍沢さんの言う「助けてもらった」は、藍沢さんが逃げた時に教室に連れ戻した時のことだと思う。その気持ちはすごく嬉しいんだけど、今はあまり詮索しないでくれると嬉しいんだけど…………


 ただ、その思いを無碍むげにするわけにもいかない。かといって、素直に私の想いを話せば、応援してくれるし、何なら色々と手伝ってくれるかもしれない。だけど、ややこしくなること間違いなしだ。だから、ここはうまく乗り切るために嘘をつくのが早い…………


「えーと…………私ね…………」


 私はいかにも深刻そうな顔をして、ゆっくりと呟き始めた。藍沢さんも私の言葉を聞き漏らさないようにと必死に私をみる。


「実は今回のテストがやばくて……………………ほら、二年生になってから授業が難しくなったじゃん。だから、心配で…………」


 藍沢さんは途中まで、私もと言わんばかりに、大きく首を振った後、途端に不安を顔にのぞかせた。


「…………ごめん。私も成績悪くて、教えられないかも…………」


「藍沢さん、気にしなくていいよ。今日の勉強会で頑張ればいい話だし、そのための勉強会でしょ?」


「そっか…………でも、私にできることなら何でもするから…………その…………ちゃんと言ってね?」


 じゃあ、私と康太をくっつけて欲しいな………………なーんて言えるわけもなくて、私は「わかった。ありがとうね、藍沢さん」と微笑みながら言った。


 その笑顔に藍沢さんも満足そうで、彼女もいい笑顔を見せる。二人の間の気まずさもなくなったように感じたから私も一安心だった。


* * *


 気まずさが無くなってからは、二人とも教科書に目を落としていた。藍沢さんも教科書のページが進んでいて、ちゃんと勉強にも身が入っているように見えた。でも、私は教科書に目を落としつつも店内の入口をチラチラと見ていた。


 目的はただ一つ。康太の隣をとることだった。


 せっかくの勉強会だから、絶対に彼の隣を取りたい。だけど、最初に来てしまったが故に、奥の席に入り込んでいて、このままだと隣になる確率は低い。


 だから、ここからはシビアな調整を求められていた。


 野村くんと沙奈はある程度私の方で動かせるから、問題は康太が来るタイミングだ。もし、この次に康太が来てしまった場合は、間違いなく藍沢さんの隣に座るから、そこでゲームオーバー。手の打ちようがない。

 

 確かに、康太の性格上ギリギリになる可能性が高いから無いとは思うけど、野村くんの行動が読めない以上リスクは潰したい。だから、沙奈に早く来るようにチャットで伝えた。まだ既読はついていないけどきっと読んでくれていると信じる。


 そして、手回し通りに沙奈が来たら、藍沢さんの隣に誘導する。すると私、沙奈と藍沢さんの一人と二人で並ぶことになる。そうなれば次に来る人はバランスを取って私の隣に来るだろう。康太だって、わざわざ沙奈の隣には座らないと思うから、次に康太がくれば確定で私の隣に座る。


 もし、沙奈の次に野村くんがくれば、同じように私の隣に座ると思うけど、そこで藍沢さんと沙奈さんの間に無理やりねじ込めば、康太の隣になれる。藍沢さんも沙奈だって、その配置を狙っていると思うから、簡単にねじ込むことができると思う。



 だから、次に来るのは沙奈が望ましくて、祈るように入口を見張っていた。


 もしかしたら、康太は藍沢さんに会いたくて仕方なくて早くくるかもしれない。はたまた沙奈が既読ついていないからまだ寝てるかもしれない。私の頭にはありとあらゆる不安が浮かんできて、ソワソワしていた。



 そして、ファミレスの入店音とともに現れた影は——




 とても綺麗な金髪をまとっていた。


 彼女は店員に声をかけると、ズカズカとファミレス内の私たちの方へ向かって来て。


「おはよう。早いわね」


 沙奈の金髪は朝陽によってまばゆく輝いていて、神々しささえまとっていた。私には沙奈が、まるで救世主のように見えた。


「沙奈! おはよう!」


「…………愛? 元気だね?」


 思わず大きな声で返事をしてしまったから、沙奈には怪訝がられた。だけど、今はそんなことどうでもいい。早速沙奈には藍沢さんの隣に座ってもらって……


「じゃあ、沙奈は…………」


 私がそう切り出そうとした時、向かいから普段聞くことのない大きな声が聞こえた。


「沙奈ちゃんは坂本さんの隣に座ってあげて!!」


 その大声に私はびっくりとしたし、沙奈も戸惑った。だけど、沙奈はその声に流されるまま、ゆっくりと私の隣に座ってしまった………………


 なんでええええ????


 私はこの状況が理解できないまま、唖然とすることしかできなかった。

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