第33話 愛センサー

『学校滅びないかな…………』



 せっかく昼休みに入ったというのに、俺は心の中はネガティブなままだった。結局あれからも、解決策は思いつかず、頭をリフレッシュさせるために少し眠ってみて起きたら、昼休みになっていた。


『まあ、でもまだ十日あるし、いっか』


 俺は考えるのを諦めて、弁当箱を開ける。ここ最近は、勘か、予感か、直感か。何故なにゆえの判断かでいることが多かった坂本さんもいなくて、右隣は空席のことが多く、その坂本さんがいないからか、沙奈も来てなかった。


 だから、最近の昼休みは平和だったんだけど…………今日はそうもいかないらしい。


 教室前方に現れた彼は、ぐいぐい教室に踏み入って俺の右隣まで歩いてきてから、そして藍沢さんの元へ……


「野村くん、坂本さんどこ行ったか知らない?」


 話しかけられたのは藍沢さんではなく俺で、思わずあたふたとしてしまった。そして、何故か藍沢さんも目を丸くして驚く。


「あっ、俺? …………えーと、坂本さんはおそらく女子テニスのところだから、君のクラスにいるんじゃないかな?」


 おそらくそこに沙奈も一緒に混じっていると思う。最近来てないし、二人は仲良さそうだし。


「えっ、そうなの? ここにいるイメージが強くて、てっきりここに居るのかと思ってた。テニス部の男女合同練習の話があったんだけど……」


 伊藤くんは驚いたような反応をすると、困ったように頭をかいた。そういえば二人ともテニス部だったことを思い出す。

 

「坂本さんいないならいいや、ありがとう野村くん」


 そして、用事を済ましたかと思うと、すぐに藍沢さんの方へ向かい、


「小春、やっほー」


 と、藍沢さんに声をかける。


 俺はその馴れ馴れしさに、少し心が痛み顔が歪む。そして、藍沢さんも何故か嫌そうな顔をする。でも藍沢さんの顔は何かを思い付いたようにパッと明るくなって、生き生きとした顔で彼を見る。


「こうくん、そういえば……」


「小春、テスト大丈夫か? わからないことあったらいつでも教えてあげるよ?」


 彼はフライング気味に言葉を伝えてしまい、藍沢さんはすごく嫌そうな顔をした。


「…………べ、別に。私のテストは全然悪くないから……だけど、それでも、教えて欲しいかな……。もちろんテストは悪くはないよ」


「え、でも、小春前回のテストは……」


「そ、そ、そういえばこうくん? 勉強会しない? こうくん勉強教えるの上手だよね?」


「そ、そうかな……でも、教えるのには自信がある。小春ならいくらでも付き合ってあげるよ?」


 伊藤くんはフンっと、自慢げに鼻息をつくと、チラリと俺の方を見た。それも、勝ち誇ったような視線で、俺は目元がピクッとした。


『い、い、いいもん、一人で勉強したほうが楽しいもんっだ!!』


 俺は心の中で悪態をつく。もちろんそんなことをしても現実は変わらないし意味もない話。だけど、藍沢さんはなぜか焦ったように言葉を並べた。


「で、で、で、もさ、やっぱ勉強はみんなでやったほうがはかどらない? ほら、えーと、苦手とか得意とかが教えあえるとかさ……えーと、うーん……」


「小春。俺は苦手な教科は特にないし、二人でも教え合えるから大丈夫だよ」


「た、確かに、でも…………えー……うーん……」


 何故か藍沢さんはいまだにあたふたと何かを考えているようだった。


 別に、素直に二人で勉強すればいいと思う。藍沢さんが教えるのが上手というなら本当にそうなのだろうし、二人で勉強するメリットは多いと思うし。だから、藍沢さんが何でつっかかっているかがよくわからない。

 

『もしかしたら、俺のことを気遣ってくれているなら、別に全然気にしなくていいのに。別に。そもそも、藍沢さんは俺の惨状を知らないはずだし、別に勉強会なんていらないみたいな体にしておけば、頭良くも見えるし、そっちの方がいいよね。うん、きっと、たぶん…………』



「あら、伊藤はこっちにいたのね?」


 俺が心の中で早口をかましていると、教室入り口から、いかにも状況をややこしくしそうな声が聞こえた。


 振り向いてみると、そいつはやっぱり金髪をさらりと靡かせていて、俺はさらにため息をついた。


* * *


 彼女は伊藤くんを見つけるなり、そのほうへとズカズカと進んで行って、藍沢さんの前にいる伊藤くんに……


「裕太、愛がどこにいるか知らないかしら?」


「あっ、俺? …………えーと、坂本さんはおそらく女子テニスのところだから、君のクラスにいるんじゃないかな?」


 言っててすごくデジャブを感じる語感だったけど、坂本さんが人気者なことだけはしっかりとわかった。


「というか、沙奈と一緒にいると思ってたんだけど、違ったの?」


「あー…………私、女子テニスの人とはあまり仲良くないの。派閥の違いっていうかしら? 私は意識してないんだけど向こうから敵対視されていて…………。だから、別グループで食べているわ。だけど、今日は呼び出し食らってて、帰ってみたら伊藤がいなくて、面白そうだったから来たの。だけど、変ね?」


「変??」


 沙奈が眉間にシワを寄せて、考え込むような素振りを見せる。


「伊藤がいて、愛がいないじゃない?」


「なんでセットみたいな扱いなんだよ!」


 あまり関係なさそうな二人だけど、そんなに仲良いのだろうか……


「それに、愛センサーも反応してないし?」


「愛センサー??」


 アイセンサー? 坂本さんは、目の自動検出機能でも持ってんの?


「こんな面白いことになっているのに、反応しないなんて感度悪いわね」


「面白い??」


「ああ、いや、こっちの話よ。それで、これはどういう状況?」


「いや、特にどうって話じゃないけど、藍沢さんと伊藤くん、二人で勉強会するらしいよ?」


 沙奈は一瞬藍沢さんを見てから、「へぇー」と腕を組む。そして、ニヤリと口角を上げてから、藍沢さんを横目で見ながら口を開く。


「じゃあ、裕太は私と勉強しましょうか?」


 何故か言葉の節々に、イタズラっぽさが混じっていて、それに反応するかのように藍沢さんが焦ったような素振そぶりを見せる。


「べ、勉強会って……沙奈ちゃんに講師が務まるの……?」


 藍沢さんは取り繕ったように疑惑の眼差しを向ける。だけど、その視線をさも余裕そうにかわし、沙奈は自信満々に胸を張る。


「ええ、少なくとも、そこの伊藤よりは教えられるわよ?」


 さっきから妙に静かだった伊藤くんが、さらに下を向く。


 そして俺は沙奈の成績について一応知っていたから、なんともいえない気持ちになった。沙奈は中学の頃からクソ真面目で普通に優等生。高校になってもそれは変わらないようで、十番代をキープしている。だから、余計にモテるのだと思う。


 藍沢さんは沙奈の自慢げな様子に、伊藤のそれが現実だと落ち込む反応から、「嘘でしょ」と言わんばかりに、愕然とした。そして、俯いてしまう。


 これにいい気になった沙奈は、さらにたたみかける。


「じゃあ、小春ちゃん、あんたは伊藤に教わるなら、裕太が私が教えてもいいのね?」


 何の勝負をしているのか知らないけど、俺の意見全く無視に、沙奈との勉強会が確定し、何故か藍沢さんが真っ青になっている中、後ろから力ない声が聞こえる。


「ケ、ケ、ケンカはやめなよ……」

 

 ここで頼りになる姉貴こと坂本さんが来てくれた。『待ってたぜ、救世主』と思っていたけど、その割には元気とか生気とか、そういう類のものが全く感じられない。


「あ、愛? どうした……どうもしてないわよね」


 沙奈は何かを察したように、途端に声音を変える。そして、さっきまで話していた内容までガラリと変えた。


「確かにケンカしてもしょうがないわね。じゃあ、みんなで勉強会やらないかしら?」


 俺は、いきなりの提案に思わず「えっ……」と口を突いたが、それよりも先に伊藤くんが反応する。


「いや、それは俺はパスで。そんな人数いても集中できないから」

 

 彼の言っていることは間違いない事実だけど、それ以上に何か別の意図があるように見えて仕方がない。

 沙奈はそんな彼に食い下がる。


「そうかしら? 私も教えなくはないし、さらに言えば、教えることが上手な愛がいるのよ? ねえ、愛?」


「えええええ、わ、わ、わ、私はまままままだ行くなんててて言っててななないよ」


 突然の問いかけに戸惑ったのか、坂本さんは随分とあたふたとしどろもどろに答える。


「じゃあ行かないの?」


「…………いきます」


 沙奈の突き放したような声音に、泣きそうな顔でしがみつく坂本さん。

 坂本さんまで回収して勢いに乗った沙奈は、さらに伊藤にたたみかける。


 でも、なんで沙奈は伊藤にここまでして勉強会を強要しているのだろう? さっきまで、有能さなんかを争っていたのに…………


「ほら、教える天才の愛までいるのよ? メリットあると思わない?」


「ないな、ねえ小春?」


 彼はよっぽど行く気がないのか、冷めたような目で沙奈を見る。だけど、藍沢さんは目を輝かせながら沙奈を見ていて……


「私は……みんなと行きたいな……」


 と、伊藤に対して上目遣いをしながら口にした。


「やっぱみんなで行った方がいいな、うんそうだ」


 この、いきなりの態度の変わりようである。俺は彼を横目で睨みながらも、何も言えないでいると、チラリと時計を見た沙奈が「私はもう行くわ、伊藤もでしょ?」と口にして、二人ともさっさと教室を後にしてしまった。


 気づけばいつの間にか、勉強会が決まっていて、しかも五人。何が何がやらよくわからなかったけれど、話が無事収まったらしい。


「坂本さん、ありがとうね。場をおさめてくれて…………って、坂本さん??」


 彼女は、俺が話しかけても全く聞こえてない様子で、口先でただひたすら


「上目遣い上目遣い、悩殺上目遣い……」


 と唱えていた。


 きっと、坂本さんもテストが嫌なのだろう。俺は彼女の奇行について深く考えないようにした。

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