第31話 知ってるのが一曲しか入ってなかった、二枚組のアルバム
藍沢さんと仲直り? をしてから一週間が経った。
この一週間、藍沢さんとも特に何事もなくて、これまで通りに、ただのお隣さんとして振る舞えていたと思う。お互い、自然に。
そもそも、この事件は発端がよくわからないものだったし、ケンカと言っても面と向かって罵り合いや殴り合いをしたわけでもないから、よくわからないまま終わった感は否めない。
要するに二人の関係はいつも通りに戻ったってことだ。今だってほら、藍沢さんとふと目があって…………彼女の頬が真っ赤に染まって、うつ伏せて…………
『あれ? 目を逸らされたんだけど??』
じっと見ても顔をあげてくれそうになくて、茶色いふわふわから目をあげて、俺は窓の外を眺めた。
まだまだ空色はどんより色で、梅雨明けも、藍沢さんとの関係が元通りになるのも、まだまだ先のようだった。
* * *
「はい、じゃあこの問題を……松本君…………まつもとくん………………? じゃあ、三島君」
化学の先生がとても小さな声で口にすると、三島君は「はい」と返事し、問題の答えをスラスラと口にする。
教室を見渡すと、男子は半分くらいが撃沈していて、女子は、大体目をギラギラ輝かせている…………あれ?
『さっきまで半分くらい寝てなかったっけ?』
確かに十分くらい前に見た時…………俺が回答していた時はほとんど寝ていたのに…………
『これが三大イケメンの三島パワーか!!』
教壇に立つ先生は、その回答を聞くと、ホッとしたような表情をして、黒板に向かった。
『難儀な先生だなぁ……』
俺はため息をついていると、左隣の首が縦に振れたように見えた。気のせいだろうけど、なんとなく共感してくれたのが嬉しかった。
この化学の先生は、奥村先生と言う30歳前の若い女の先生。その黒縁メガネは、童顔とあいまってって、真面目な生徒のようなあどけなさが残る印象を作る。
体も小さく、いかにも気弱な印象の先生は、寝ている生徒を起こす勇気がないのか、寝ている生徒はこうやって飛ばす。
それを知っている生徒側は、狸寝入りも結構いるし、さっきの女子みたいに、聞きたい声だけ聞いて、あとは寝るみたいな生徒もけっこういる。
だから、先生は音楽プレイヤーで知ってる曲を探すかのように、生徒をスキップしまくる。
「じゃあ、次の問題を山下君…………じゃあ、山本君………………じゃあ、藍沢さん」
そう言われて藍沢さんは小さな声で答えをつぶやく。静かな教室に恥ずかしさが増したのか、いつも以上に彼女の声は小さかった。
俺は隣で聞いているから、聞き取れるけど、前にいる先生は聞き取れるかな? なんて前を見てみると、にっこり笑顔の先生が「正解です」と藍沢さんを見つめた。
もはや、目で会話しているレベルのコミュニケーションを目の当たりにして、ふと思う。
『藍沢さんと、奥村先生ってにたもの同士じゃない?』
「えっ、全然ちが……………………なんでもないです」
藍沢さんは突拍子もなく声を発すると、全力で首を振った。そして、我に帰えると顔が赤く染まっていく。
先生は首を傾げながら、「藍沢さん、答えはあってますよ?」とつぶやくけど、本人は顔を真っ赤にしてうつ伏せてしまった。たぶん独り言が口を突いて、恥ずかしかったのだと思う。
そして、それを見た先生もなんとなくシュンとしながら、黒板に向き合っている。
『やっぱ、似ているなぁ…………』
藍沢さんは恥ずかしさがよっぽどこたえたのか、うつ伏せながら首をゴロゴロ動かす。
『気弱そうなところとか、お淑やかなところとか………あと、声が小さいところとか』
『他にも……』
そのとき、椅子の足にガンッと軽い衝撃が加わる。でも、下を振り向いてもそこにはないもない。俺は首を傾げながら黒板に目を戻す。先生は相変わらず淡々とチョークを走らせて、黒板を白で染めていく。
『でも、感情の豊かさは似てないかもね……』
藍沢さんは、映画一本で号泣してみたり…………原因もよくわからないのに怒ってみたり…………とびっきりの笑顔を見せてみたり…………
ふと目を瞑るだけで、彼女のさまざまな表情が思い浮かんで来て、どれも素敵だと思った。だから…………
『藍沢さんは、感情豊かで、見てて面白いもん!』
なんて、心の中で声にしていると、前から小さな声が聞こえた。
「…………じゃあ、次は野村君」
俺が答える終始、藍沢さんから湯気が出ていて、なんとなく心配になった。まあ、梅雨の蒸し暑さが答えたのかもしれない。そんなこと考えながら、答え終わると…………
「野村君、全然違います…………テストが近いからそろそろ勉強してくださいね…………それで、ここは…………」
先生はすらすらと問題の解説を始めた。だけど、俺にとってそんなことはどうでもよくて、ただ一つ…………
『テ、テスト………………?? テストが近いとかウソだろ!!!!!!!!
そんなの
人の心配なんてしてる場合じゃなかった!
俺はテストという単語に頭を抱えた。本当に妄想であってほしいと真剣に願ったが、黒板の日付は紛れもなく6月もあとわずかであることを示していて、つまるところの7月のテストに近づいているわけで…………
俺は隣で藍沢さんが「ぶっ……」と吹いていることを全く気にせずに、ガンっと頭を強打しながらうつ伏せていた。
* * *
「奥村先生?? 明日、お昼一緒とかどうですか?」
『…………藍沢さんに、恥ずかしい思いをさせてしまった。もっと私がフォローできていれば………………』
「奥村先生??」
『あれからも、藍沢さんはなんだか恥ずかしそうだったし、答えてくれなくなった……』
「奥村せんせー? 塞ぎ込んでどうしたんですか?」
『それに、隣の真面目な野村君まで、伏せてしまった……』
「
『やっぱり私の力不足だよね……うわぁぁぁぁぁん』
「
「言ってねえよ。授業から戻ってずっとこんな感じだ。
「してないですよ!! ねえ、美里ちゃんってばぁ……」
ゆさゆさと体が揺れるなか、私は後悔がとまらなかった。
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