#38 水色って何の色?

 名前は、天城匠斗あまぎたくとくん。

 誕生日は、1993年10月27日。血液型はA型で、Rhマイナス。さそり座。

 好きな食べ物はチャーハンで、嫌いな食べ物はナス。

 辛いのも好きだけど、どちらかというと甘党。

 モンブランに目がない。中が生クリームじゃなくて、マロンクリームになってるモンブランが特にお気に入り。

 好きなタイプは、奥二重でどこか儚い印象を持つ子。髪の長さは、似合ってれば何でもOK。

 座右の銘は百折不撓。100回折れても挫けないこと。

 生まれ変わるなら猫。気ままに暮らしたいから。

 今ハマっていることは筋トレ。バイシクルクランチのキツさに毎日耐えてる。

 彼女に呼ばれたい名前は、たっくん。

 今の職業を目指したきっかけは、母に「あなたにはみんなを笑顔にする力がある」と言われたから。



 理系の道に進むなんて全く考えていなかったけれど、Rhマイナスという言葉を初めて知って、納得行くまで調べた。そうしたら人体の全てが気になってしまって、看護師を目指すようになった。

 タルトが好きだったけれど、新たにモンブランのお店を開拓し、栗を好きになることから始めた。

 クールビューティーだね、と周りから褒められる顔だったけど、一重だったからアイプチをして、二重の癖をつけた。

 割と酷い猫アレルギーだったけど、小さな猫を飼って耐性をつけた。

 運動なんて大の苦手だけど、少しでも続きそうな筋トレを1日5分だけやっている。



 こんなにもあなたのことを知ってるのに、こんなにもあなたのことを分かろうと努力してるのに、なんて世界は理不尽なんだろう。



 なんで私たちは結ばれないの?



 私はたっくんのこと、もう10年も好きなの。大好きなの。愛してるの。

 多くの人があなたのことを好きになる前から、ずっとずっと。

 ずっと、たっくんのことしか眼中になかった。

 私は、たっくんの5年間の苦労を知ってる、数少ない人間なの。たっくんの今がある理由を、ちゃんと知ってるの。

 うまく行かない時期だって、決して逃げずに自分の弱点に向き合ってきた。そうしたら弱点も少しずつ強みに変わっていって、周りの目もどんどん肯定的なものになっていった。だから今のたっくんがある。どんな面も輝いているたっくんが。

 苦労した過去も、輝いてる今も、ずっと私はたっくんに恋している。天城匠斗が心の底から好きだと、世界中の人に大声で言える。



 それなのに。



 ある朝起きて、私に訪れたのは大きな絶望だった。

 テレビもスポーツ新聞も週刊誌も、全部全部あなたのことばかりなのに、それはきっと嬉しいことであるはずなのに、それだけみんながたっくんに注目してるということなのに。

 そこには、絶対に見たくない文字が並んでいる。


 相手は一体、あなたの何を知ってるの? 何年あなたの側にいてくれた? 何年あなたを応援してくれた? いくらあなたに使ってくれた?

 たっくんが心の底から支え合いたいと思ったのは、彼女だけなの? 本当にその人でいいの?

 私じゃいけない? 私なら、仕事で家を空けることもなく、ずっとずっとあなたのことだけを考えて生きることができるのに。



 選択を間違えないで。

 今ならまだ間に合う。



 …………結婚は、やめると言って。



 でもそんな悲痛な思いもお構いなしに、テレビや新聞は耳障りな情報を全国に届けていく。ツイッターが“#天城匠斗”だらけになる。あっという間に日本のトレンド1位獲得だ。世界のランキングにも食い込んでくるのは、時間の問題だろう。

 ねえ、あなたがそこまで人気になれたのは、一体誰のおかげ?


「たっくん、やめて」


——アイドル、俳優、モデルとして活躍中の天城匠斗さんが、女優の結城架子かこさんと結婚した、と事務所より発表がありました。


「ねぇたっくん、これは夢だよね?」


——天城匠斗(27)、人気絶頂で若手女優と結婚!! 人知れず愛を育んでいた1年半


「たっくん……匠斗、私を悲しませないで?」


——天城さんは直筆のサインと共に、“どんな時も彼女と寄り添い合い、互いを深く尊敬し、理解し合って生きていきたいと思います”と発表しています。


「…………っ、もういい加減にして!!!」


 私はテレビに拳を突っ込んでいた。ブチッ、と音がして、テレビは真っ暗になった。……予想以上に痛い。

 でもこの痛みで、あなたが変わってくれるなら。

 たっくんなら、優しい優しい匠斗なら、変わってくれると信じてるよ、私は。

 ここまで有名にしてもらった恩は必ず返すと、ライブで、動画で、ブログで、伝えてくれていたよね? “毎日みんなのこと考えてる。いつもありがとう。大好きだよ”って雑誌のインタビューで語ってくれていたよね?

 あなたなら、その恩を仇で返すわけがないと私は信じているから。


 血だらけの手でスポーツ新聞を、週刊誌をビリビリと破っていく。派手な黄色の文字が赤黒く染まっていく。

 こんなのは悪い夢だから。現実なわけがないから、私が全て破棄しておくね。


 ……匠斗、見て。私、これだけ苦しんでるの。あなたの間違った選択で、こんなに痛い思いをしているの。

「みんながいるから僕は頑張れてるんだよ」って、「大好きだよ」って、「愛してるよ」って、毎日のようにブログで言ってくれるじゃないの。あれはうわべだけなの? たっくんにとっての愛って、そんなに軽いもの?

 今のたっくんは、私を笑顔にしてくれてないよ。私を血まみれで、傷だらけにしてる。……それは、お母さんが望んだことじゃないでしょう?

 だからやめて。今すぐに取り消して。



 私と結婚するって言ってくれない限り、たっくんのことは許せないよ。



 たっくんの色メンバーカラー……水色は、今日の私の涙の色?

 ……いや、違う。涙なんか1ミリも出てこない。私が泣いたら、全てに負けた気がする。だから、手の痛みとどうしようもない悲しみに耐えて、歯を食い縛っている。

 なんで私がこんな思いをしないといけないの? 10年もたっくんに恋して、何十万も使って、好き嫌いもなくして尽くしているのに。


 匠斗、やめて。

 本当に、やめて。

 全てが嘘だと言って。

 せめて私と出会ってから、私の顔と名前をしっかりと覚えてから、もう一度よく考え直して。


 このままだと、うちわやクリアファイル、ペンライト、アクリルキーホルダー、タオルまで無駄になってしまう。血まみれになってしまう。たっくんの水色が、汚い紫色になってしまう。

 本気であなたに恋をして、友人からも家族からも引かれて。

 でもこの恋はいつか絶対叶うんだって信じ続けてきた。たっくんは私の全て。

 たっくんがいなければ、今の私はいないの。

 それって、裏を返せば、私がいなければたっくんもいないってことじゃないの?

 CDが出るたびに1人で10枚以上買って、コンサート全日程行く私みたいなファンがいたから、あなたは毎年東京ドームでコンサートをやれるし、年末はNHKホールで歌えるし、大御所俳優の集まる作品に主演で出られるんだってことを忘れないで。



 最後のお願いです。


 どうか、どうか、私以外の、どこの馬の骨かも分からないような女と結婚、などという馬鹿げた選択をやめてくださいませんか。


 この赤い拳を見て、何かを感じてくれませんか。


 じきに公開アカウントで、“#天城匠斗”とつけて、この拳の写真をアップしますから。これで“#天城匠斗”は、世界のトレンドトップ10に入るでしょう。

 自分が傷ついてまでも、あなたのことを考えてくれるこんな優しいファン……いや、はそうそういないよ、匠斗。



 だから、この写真から何かを感じて、思いとどまって欲しい。




 そうでなければ、私は自分の全てを失ってしまうから。

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