#24 夏の海にて

 僕達は久々に釣りに来ている。

 まだ日も昇らないうちに起きて海まで辿り着き、船に乗って少しした頃に太陽が僕達を出迎えた。

 その光は暗黒だった海を瞬く間に黄金に染め上げる。ちっぽけな僕達は圧倒されて、ただただ大自然の前にひれ伏す。何だか心まで黄金色にしてもらったような気がして、今日、ここにいて良かったと素直に思った。

 親友の方が釣りの腕前は何枚も上手うわてだから、僕はつい、親友の慣れた手つきを惚れ惚れと見てしまう。彼は自在に小型の船舶を操る。

 親友にとって、僕は数少ない釣り仲間なのだと言う。それは僕が、船酔いをしない貴重な存在だからだ。


 親友が程よい所で船を止め、釣りの準備をする。今日、彼はどんな魚を釣り上げるだろうか。

 1本釣りをするためにそれぞれが釣竿を持ち、糸を垂らして待機していると、強い感覚が手元に訪れた。親友ではなくて、僕の方に先に当たりが来たのは初めてのことだ。

 親友はそんな僕に嫉妬するわけでもなくて、ただ「頑張れ」と告げる。僕はしばしの間1人で格闘したのだけれど、どうもこれは1人で太刀打ちできそうな予感がしない。

 とうとう、僕は親友に助けを求めた。彼は僕の釣り糸の具合を見て、「こりゃ、何匹いるんだ、おい」と言った。そうして意を決したようにリールで巻き上げる。

 でも重さに耐えられなかったようで、糸はブチっと音を立てて切れた。


「何匹いたのかな」と僕は聞く。


「さぁ。でも、それなりにいたぞ」

「残念だね」


 すると、親友はそうか? と言った。「あの魚達が、羨ましいと思ったよ」


「なぜ?」

「あの魚達はきっと、知らぬ間に君の針に引っかかって死を迎える運命を持って来たか、あるいは自ら死を選んで来たんだろう。……でも、彼らは糸ごと海に落ちていった。今は生きなさい、と海の神様にでも言われたのかもしれない」


 僕は納得がいった。


「そうか、僕らの逆なのか」


 親友は少し笑って頷いた。


「そう、逆さ。……やっぱり君は飲み込みが早い。相性が良いね」



 僕達はかつて、タッグを組んで何人もの人をあやめていた。いわゆるシリアルキラーだ。

 だけど道半ばで、僕と親友は不慮の事故に遭い、死んでしまった。

 もちろん、三途の川を渡って辿り着いたのは地獄。未練があった僕達は、生き返りたいと強く願っていた。

 そうしたら思いが届いたのか、ある日突如上から糸が垂れ下がってきた。それを見つけたやからが次々と糸を目指す。僕達も垂れ下がった糸に無我夢中でしがみついて上ろうとした。しかし、先頭にいた奴が何とも自己中な人間で。自分だけ這い上がって、下にうごめいていた僕達を蹴落とそうとした。恐らくそれを見たお釈迦様がお怒りになって、「まだ死んでいろ」とでも言うように、糸はプッツリと切れてしまった。そのせいで僕達は全員、再び地獄での生活を余儀なくされている。


 しかし、どうにかお盆の時期だけはこちらに帰ってくることができたから、僕達は生前から2人で楽しんでいた釣りに再びやってきた。

 あの魚達は、あとどれくらいの生を全うするのだろうか。

 どうか、殺されずに生きて欲しいと思った。……たくさん殺した僕が言うのもおこがましいのだが。


「そろそろ時間だ。……閻魔様に怒られる」


 親友は入道雲を見て言った。手早く後片付けをして、僕達は程良く蒸し暑いこの世界に背を向ける。

 これから帰る世界は、もっともっと暑い。……いや、い。真っ赤な太陽ではなくて、真っ赤な血で溢れた世界が僕達の日常だ。



 海を暖め、高く昇った太陽は、僕達がまた戻ってくるのを待っていてくれるだろうか。



 どうか待ってて下さいと僕は手を合わせ、黄金色に染めてもらった心を、地獄いえまで大切に持ち帰ろうと決めた。

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