#6 winner
「なぁ、もうお前ブスになったよなぁ。飽きた。別れよ」
噂通りだった。本当に半年経ったら、ブスって言い始めるんだ。
「え、そんな……。
「無理。最初は可愛いんだけど、飽きるんだよね。……ほら、俺みたいに最初から顔が整いすぎてる人間にしては、どの女もどっか物足りないっつーか」
こんな言葉を吐いても、麗央くんだから許される。どこ歩いてもスカウトされる麗央くんは、そこらへんの俳優の何倍もかっこいい。本人は「芸能界なんかで俺は利用されたくねぇ」なんて言って、全く興味がないのだけど。
「わ、私、もっと可愛くなるように努力するからっ。どうしたら麗央くんの好みに近づけるの……?」
麗央くんは私の必死の言葉を聞くと、自分の髪の毛を急にくしゃくしゃし始めた。明るい茶色の短髪が一瞬で乱れる。でも、その乱れた姿が彼の魅力を一層引き出す。
「はぁーっ、もう。努力して可愛くなるより、元々可愛い方が価値あると思うんだよね。俺モテるから、また可愛いと思った女の子を新しく探せばいいんだし。女の変化とか努力とかさぁ、見てて褒めなきゃいけないのマジだるいし疲れんだよ」
世界中の女を敵に回すような発言をして、麗央くんは私にスマホで写真を見せてきた。
画面には、女の子とのツーショットがずらり。
「ほれ。これぜーんぶ、俺の元カノ。前のスマホには6人いたし、昨日数えたらさ、お前含めて18人いたんだよね。今度はどんな子と付き合おうかなぁ」
麗央くんにとって今の私は、「別れよう」と言っても素直に聞き入れてくれない、ただウザいだけの女。興味など欠片もない女。
だからこうやって、わざと私に嫌われるようなことをしている。もう面倒だから。さっさと終わらせたいから。私が「麗央くん、元カノとの写真全部取ってあるんだね……酷い!」って言って、部屋から飛び出すのを待っている。
でもね、私は嬉しい。
頭イカれてない? って聞かれたら、イカれてます。って答えられるよ。
思考歪んでない? って聞かれたら、歪んでます。って真顔で言うと思う。
懐かしいな……高校生の時。
言葉で告白するなんて、そんな勇気は1ミリもなかった。でももう、遠くから見ているだけじゃ、どうにもできないくらいに気持ちだけが溢れていった。そんな資格ない、なんて思いながら、でもチャレンジしなきゃ後悔するよ! とも思いながら、私は当時のクラスメイトの告白を断って、手紙を書いた。震える手で、靴箱に滑り込ませた。
一度話しただけの、クラスも学年も違う人だった。
固唾を飲んで柱の陰から見つめていた。
彼は私の手紙を見つけて、その場で封を切って読んだ。
数秒後には、破られていた。
「麗央、帰ろうぜ!……あ! それラブレターじゃね?! 破っちゃったの?!」
「だってさぁ〜今時キモくない? 手紙とか。しかもこの子1回だけ話したけど、すげーブス。俺の好みじゃないわ。無理無理」
「うわぁバッサリ。もうほんっと麗央は厳しいよなぁ〜」
ブス。その言葉は、思春期の私に重く深く響いた。私の存在全てが、否定された気がした。
でも麗央くんにとって「ブス」は口癖で。付き合えても、半年経つとブス呼ばわりして勝手に別れを告げられる。そんな噂を聞きつけるのに、そう時間はかからなかった。
「麗央先輩は神レベルでイケメンだけど、女子の扱いはあんまりだよ。あんたは同級生に告られるくらいには普通に可愛いんだし、自信持ちなよ。それから、あんたのために忠告しとくけど、麗央先輩は諦めな。自分が傷つくだけだよ」
親友の言葉は嬉しかった。そしてきっと、正しかった。でも、どうしても、どうしても、諦めきれなかった。
私こそが、麗央くんのそばにいたい。ずっとずっと隣にいたい。そう思った。
私は麗央くんの高校時代の元カノ6人を観察して、タイプを何となく掴んだ。
麗央くんが高校を卒業してから、私はずっと麗央くんの隣にいる。半年経つとブスと言い始める癖は、ちっとも変わっていない。
ある時、私は閃いた。
ブスと言われるたびに整形して、髪色・髪型・メイク・名前も変えれば、十分別人になれるんだって。
変身した私に麗央くんは毎回新鮮な目を向けて、私を可愛いと言ってくれる。愛してくれる。半年だけで捨てられてきた多くの女に、私は勝ったんだ。
今麗央くんのスマホに写っている女は、全て私。麗央くんは高校時代と違うスマホを持っているから、このアルバムにいる「彼女」は私だけ。私以外の女と、付き合わせてなどいない。
もうかれこれ、麗央くんと6年付き合ってることになるのかな。
だから、麗央くんがこうして写真を取っておいてくれるのが、私はすごく嬉しい。私にしか分からない、私達の軌跡。
今度付き合ったら、「19人目」か。
私はまた変身する。今度はどんな女の子になろうかな。
「れ、麗央くん、元カノとの写真全部取ってあるんだね……酷い!」
お決まりのセリフを吐いて、涙も見せて、麗央くんの部屋を飛び出した。
じゃあな、ブス、と麗央くんは歪んだ笑みを向ける。
部屋を後にした私は、笑みを抑えられない。
あぁ、早く変身したい。またすぐに、愛されたい。
麗央くんの前で流した涙と、笑みがぐちゃぐちゃになる。もう嬉しいのか、悲しいのかなんて分からない。もう私はそんな次元になんかいなくて、ただ1つのものだけを、一心不乱に求めている。
整形を重ねて強くなる顔の痛みは、髪色を変えすぎて頭皮にかかる負担は、様々なメイクの結果荒れていく肌は、名前を変える度に揺らぐ私のアイデンティティは、このままで愛し続けてくれないことの心の痛みは、変化し過ぎて友人に避けられる苦しみは、変化し過ぎて段々と、でも確実に歪んでいく私自身は、麗央くんの愛で全て帳消しになるから。
私にとって、麗央くんこそが、全て。
待っててね、麗央くん。
ずっと一緒にいようね、麗央くん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます