#34 meaning

 リユース、リデュース、リサイクルの徹底を。

 節電のご協力、よろしくお願いします。

 今年は雨が少ないので、節水しましょう。

 資源は有限です。大切に使いましょう。

 もったいない、を合言葉に。

 浪費は将来のためにもやめましょう。

 時間の無駄はなくしましょう。

 効率を上げましょう。

 意味のない出勤はやめましょう。

 種々の手続きを簡単にしましょう。

 押印は廃止しましょう。

 


 私が生まれてから、何度こうした台詞を聞いてきただろう。

 何度こうしたチラシを、ニュースを見てきただろう。

 無駄は省く。効率を良くする。意味あるものだけを残す。

 


 それは確かに、この世界を生きやすくするためには大切なのかもしれない。

 



 ……が主体となって、生きるのならば。




 私はさっきみたいな台詞を聞いたり、チラシやニュースを見たりすると、無意識に体が震え始める。

 


 いつか自分も、省かれるのではないかと。

 


 脳について勉強した時も、知らぬ間に手が震えていた。

 生まれる前から、私たちはシナプスの刈り込みをしているという。

 情報処理の量と効率を適切にするために、の無駄を省いて生まれてくるのだ。

 
 


 改革? 効率化?

 それを言っているは、本当に必要なのですか? その人生に、どれくらいの意味があるのですか?

 


 人間がいなければ、改革も効率化もいらない。

 生きて数が増えるから、無駄も課題も増えるんだ。

 


 ……あぁ、辛い。

 私はこの人間だらけの世界の一部として、生まれてきてしまった。

 自分でシナプスを刈り込んで、わざわざ。人生の意味も分からないまま。



 
 
 


 自分の胸に手をやる。

 とっとっとっとっ。

 ……とくん、とくん、とくん。

 


 否定的な感情が溢れ出したせいか、一瞬鼓動が早まったけれど、また普段のペースに戻る。

 この心拍は、無駄ではないんだろうか。

 
 



 自分に生産性がありますか? と聞かれると、自信がない。

 自販機やセルフレジとかを見ると、もっともっと自信がなくなる。

 彼らの方がよっぽど、世界の役に立っている。

 
 



 自分が生きることは、世界にどんな意味を与えるのだろう?

 世界は私を、歓迎しているのだろうか。

 
 



 食べる時ですら、思考は私を蝕み続ける。

 もぐもぐ。もぐもぐ、ごっくん。

 歯が、舌が、食道が、胃が、腸が動き出す。ベルトコンベアーのように、次々と。栄養素を吸収しようとして、次々と。

 
 



 今、自分は効率的に生きているのかな?

 心臓を、肝臓を、腎臓を、無駄遣いしていないんだろうか。

 この臓器たちは私を生かして、どうしようというのだろう。

 


 ごめんね、と心の中で囁く。

 こんな私の臓器として生まれてきてしまったことに、ごめんね、と。

 
 



 そもそも、この思考だって、無駄かもしれない。

 世界に知見をもたらすわけじゃない。良い影響を与えるわけでもない。

 こんな考えがあること自体が、非効率的なのではないだろうか?

 
 



 


「思うことは自由さ。無駄じゃない。それに、その思いを表現しようとする君には、大きな魅力があるじゃないか」

 


 机の上に、マグカップがことん、と置かれた。

 ジャスミン茶の香りに、鼻孔がすぐに反応する。

 くんくん。

 カップを覗き込むと、ジャスミンの花がゆっくりと開いていった。

 


「君の人生も、こうやってゆっくりと花開くんじゃないかな。……新人賞の挑戦、頑張れ」

 


 パソコンに向かう私の肩に、手が触れた。

 きっと、画面上に打ち込まれたこの言葉たちを見ているのだろう。

 私はもう、この言葉たちと3日も向き合っている。世界は目の前のパソコンで完結している。

 パソコンの方がずっとずっと、生産性も生きる価値もある。……ほら、こんなに早く変換してくれるんだもの。

 機械相手に劣等感に苦しむなんて、思いもしなかった。

 


 脳裏に張り付き、画面を埋めた否定的な言葉たちから離れたい。

 キーボードから手を離して、ジャスミン茶を一口含む。

 ごくり。

 花のように、ゆっくりと風味が広がる。余韻を楽しんでいると、優しい声が降ってきた。

 


「君との日々に、無駄なんてない。意味しかないよ。…………だから」

 


 こっち向いて、と君は言う。

 ふう、と息を吐いてから、ジャスミンの花のように、君はゆっくりと微笑む。

 


「これからもずっと、一緒に暮らそう」

 


 さりげなさすぎるプロポーズをした君の顔が、なぜだろう、じんわりとぼやけていった。

 じわり、じわり。

 目元に温度を感じる。程なくして、全身に温度を感じる。

 


 あたたかい。

 ふわふわ。ほかほか。

 腕が、背中が、心が、あたたかい。

 このあたたかさは、ジャスミン茶を運ぶ時の食道を通る温度とは少し違った。

 


 機械的ではない、効率だけを求めるものでもない、優しいあたたかさ。

 心地よい、生あたたかさ。

 


 そうか。

 



 私の臓器は、脳は、あなたと出会うために動いてきたんだね。

 

 あなたと出会うまで生き続けるために、栄養を取り込んできた。

 あなたと言葉を交わすために、適切な脳神経を作ってきた。

 あなたとこれからも生きるために、この鼓動は続いていく。



 
 


 ずっとずっと、意味があったんだね。

 



 
 


「ねぇ、これからも一緒に暮らしてくれる?」

 


 返事してよぉ、と君は少し甘えた声を出した。

 ごめんね、返事忘れてたよ。

 


「もちろん。……あなたと、一緒にいたい」

 



 
 


 命がもったいないんじゃない。

 何もきらめきがないまま命を燃やすことが、もったいないのだ。

 全ての生に、意味がある。

 



 
 


 この世界は、自分が思うより、もっとずっと明るいはずだ。

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