#21 出来立てと出来合い

 僕は、お母さんが好きじゃない。


 いつも仕事で帰りが遅くって、家に帰って来たって僕の小学校での面白い話を聞いてくれるわけでもなくて、いつも疲れた顔をして、僕にコンビニ弁当を渡すと死んだように寝てしまう。

 楠ヶ丘工場で作った、消費期限が2日後の、520キロカロリーのお弁当。何度も食べていると、パッケージに書かれた内容も覚えてしまう。

 お父さんがいないから、お母さんが大変なのは3年生の僕でも分かる。でも話くらい、聞いて欲しい。あったかいご飯くらい、食べてみたい。

 お昼ご飯は給食だからまだいいけれど、友達が「昨日ママがお魚焦がしてさぁ!」なんて話を聞くと、すっごく羨ましくなる。僕の家のキッチンは、とてもキレイだ。

 遠足とか、運動会の日がイヤだった。一応お弁当箱っていう形の中に食べ物は入っているけれど、中身とか味は、すっかり食べ慣れたコンビニ弁当。ウインナーの色がとびきり赤いのを見ただけで、僕は小さくため息をついてしまう。健康そうなおかず……ほうれん草とかオムレツとかが鮮やかに並んだ友達のお弁当の隣で、詰め替えただけの彩りの悪いお弁当なんか広げたくなかった。


 なんで僕だけ。

 そう思っていたある日の休み時間、担任の先生が慌てた様子で僕を呼び出した。

 お母さんが入院した。

 手術をしたけれど、目を覚まさないみたい。

 ICUという場所にいるようで、子どもの僕は立ち入り禁止だと言われた。

 僕の面倒を見てくれる身寄りの人は誰もいなくて、先生の家に泊めてもらうことになった。


 先生の家で、僕はひたすら感動していた。

 湯気の出た白くてつややかなご飯。甘い野菜たっぷりのお味噌汁に、サクサクのコロッケ。

 電子レンジの“チン”なんて音は1度も鳴ることがなく、代わりに炊飯器の音とかガスコンロの音、パチパチとした油の音が聞こえてきた。

 僕の感動は顔に滲み出ていたみたいで、先生の奥さんは笑って僕におかわりをくれた。


「そんなに美味しい! って喜んでくれて嬉しいわ」

「だって、本当に美味しいんだもん」

「……こういうご飯食べたの、久しぶり?」

「給食以外では、初めて」


 僕の言葉を聞いた先生と奥さんはすごく驚いた顔をした。僕はお母さんとどういう暮らしをしているのかを細かく話した。グチも含めて聞いてもらいたかったから、お弁当のパッケージに書かれた言葉まで覚えちゃってることも話した。誰かに話をちゃんと聞いてもらえるのは久しぶりすぎて、気づいたら1時間くらいしゃべってた。



 それから1週間くらいして、先生は僕に「話があるんだ」と言った。

 先生の奥さんのとっても美味しいご飯を食べた後、先生は難しそうな顔をして口を開いた。


「お母さん、まだ意識が戻ってなくて、ICUにいたままなんだ。だから君がお母さんと会えるのも、もう少し先になる。……でも、これだけは伝えておかなくちゃと思ってね」


 先生は、ダイニングテーブルの上に1枚のカードを置いた。

 そこには、見慣れた“楠ヶ丘工場”の文字。


「これはね、お母さんの社員証。君に見せたくて預かってきたんだ。お母さんは、“手作り”のご飯を君にあげていたんだよ。お母さんは、君が毎日お世話になっている楠ヶ丘工場で働いていて、君だけじゃなくて、サラリーマンとか学生とか、いろんな人のためにご飯を作っていたんだ」


 毎日毎日飽きるくらい食べてた、楠ヶ丘工場のお弁当。遠足の日も運動会の日も食べていた、あまりに慣れすぎたお弁当。

 あれ、お母さんが作っていたの……?


「君のお母さんは本当にすごいよ。確かに、あったかい出来立てのご飯を食べたい気持ちもよーく分かる。……でも、君のお母さんはたくさんの人のお腹を毎日満たしてあげていたんだ。……だから、お母さんのこと、あまり悪く言わないで欲しいな」


 奥さんも、「そうよ、私なんて旦那とあなたの分しか作れないんだもん。お母さんはみんなの自慢のお母さんよ」と微笑んだ。


 僕は途端に恥ずかしくなった。ごめんね、お母さん。気づかなかった。

 好きじゃないなんて思って、ごめんなさい。

 お母さんは、毎日欠かさず“手作り”のご飯を僕にくれてたんだね。


 お母さんの目が覚めたら、今度は僕が、先生の奥さんと一緒に作った“手作り”のご飯を持っていくから。

 だからどうか、生きて欲しい。




 先生の言う「自殺未遂」なんて言葉、僕は信じたくないんだ。

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