#20 生存権っておいくらですか?

『生存権の購入はお早めに!』


 役所に年中貼られている、大きな広告。

 生存権——それは、国民が人間らしく生きるために必要な条件を、国家に要求できる権利。健康で文化的な最低限度の生活を、営める権利。


 この世界で稼ぎが良い職種の1つは、権利屋だろう。

 彼らは様々な権利を売って富を得る。中でも生存権はほとんどの人間が買い取るから、利益は相当なものだ。

 大抵の場合、子どもが生まれた直後に親が権利を買い、その証明書を国に提出する。

 権利にはグレードがあって、低いものは1万円から。1番高いと10億円。1万円のコースは、尊厳と教育機会、最低賃金の確保が保証される。10億円は生きてるだけで崇められる。別名・神になるコースだ。

 国のイチオシが2万円のコースで、これなら平均年収と大卒の学歴を自動的に得られる。

 きっとあなたもお気づきかもしれないが、2万円の権利を買えない人はそれなりにいる。そのため、彼らはそれよりも格下の権利を買う。実質1番売れているのは1万円コースらしい。


 この権利がない者は、人間らしく生きることを保証されない。だから、彼らをどう扱っても構わない。

 タダで働かせたって、臓器抜いて売り飛ばしたって、世の男達の欲求を叶えさせたって良い。何をしても合法なのだ。権利購入の証明書がないと分かった瞬間、そうした人間は(もはや人間と言って良いのかすら微妙な所だが)、“無権コーディネーター”の餌食となる。“無権コーディネーター”とは名前の通り、生存権のない者、通称・無権者を扱う資格者のことだ。


 この権利に関しては、いくつか違法とされている行為がある。

 1つ目は、親族以外の第三者が権利を購入すること。生まれた子どもに親族がいなければ、一生権利を買うことはできない。

 2つ目は、生まれてから1年以上経過した後に権利を買おうとすること。

 3つ目は、一度購入した権利のグレードを変更すること。

 4つ目は、購入した権利を他者に譲渡すること。かわいそうだからと言って、自分や家族の権利を譲渡してはならない。

 5つ目は、生存権のある人間を無権者と同じように扱うこと。

 この注意事項さえ守れば良い。その代わり、違反したら生存権を剥奪される。密かに「死刑より恐ろしい」と言われている剥奪刑。今までそれなりの尊厳を確保していた人間が、突如全てを奪われ家畜同然の扱いを受ける。剥奪刑を受けた人間の親族は、準家畜的扱いを受ける。犯罪者に対する世間の目が厳しいのは、どこの世界でも同じだ。



 権利さえあれば、国が守ってくれる。

 素晴らしいことだと思っていた。

 たとえ1万円でも払えば、就労まで保証される。なんて手厚い制度なのだろうと感心していた。教科書にも“世界に誇るべき生存権制度”と書いてあったから、それを信じて疑わなかった。権利がないと言って泣き叫び、喚く奴は自業自得だと思っていた。金さえ払えば人生は守られるのに、なぜそんな簡単なことをしないのかと。


 無権コーディネーターになったきっかけは、魅力的な報酬だった。契約した企業に無権の奴を放り込んで仕事をさせる。そのコーディネート料が良い値段だった。年収は平均の3倍以上。さらに、自分の権利が4万円以上のコースなら、もっと上乗せされる。非の打ち所がない職業だった。

 でも想像以上に多くの無権者を見ていると、自分の価値が分からなくなってくる。

 生まれながらにして人間と見なされず、それでも黙って働く彼ら。生まれた時に親が1万円を払ったか否かで、全てが決まる。自分に経済力などない時に、どうしようもない状況下で自分の値打ちが決まる。その一方で人として終わっていそうな奴が、生まれた時に親に高額のコースを買ってもらったというだけで、平気な顔して無権者達を蹴り飛ばす。


 上司からコーディネーターの案件をもらう度に、心にモヤがかかる。「お前だって価値なんかないくせに」という声が体の内側から聞こえてくる。その声にどう答えていいか分からずにいると、上司に急かされ叱られる。

 それでも仕事をするため、稼ぐため、生きるために上司の命令に従う。自分の生きたいとか、金が欲しいという正直な気落ちに、時々嫌気が差す。

 待機所にいる無権者をトラックに移していたら、そのうちの1人の少女に声をかけられた。……いや、無権者だから、上司の言い方に従えば“幼いメス”だ。


「あの、ムケンって、どういう意味ですか?」


 そう、権利を買わなければ教育機会もない。字の読み書きだってできない彼らは、自分の状況を正確には知らない。


「生存権を買えなかった奴のことだ」

「買えば、ムケンにならなくて済みますか?」

「そうだけど、もうお前は買うことができない」

「……買いたいです。何でもしますから、買わせてください。何だってしますから」


 何だってする。——それは、無権者の口癖だ。何だってしないと、この世界で命を燃やすことはできない。


「何をしても無駄なんだ。国で決められている」

「お願いします!」

「無理なんだよ」

「……せめてこれだけでも、教えてください。生存権って、おいくらですか? いくらなんですか?」


 彼女の目は真剣だった。何としてでも買い取ってやろうという執念じみたものを感じる。

 彼らがいなきゃこの社会は成り立たないのに、彼らが得られるものは何もない。金だってもらえない。白米なんて食べたこともないだろう。

 途端に自分が恥ずかしくなる。親の払った金額だけでのうのうと生き延びて、さらなる報酬を望んでいた自分を非常に情けなく思う。4万払ったからって何だと言うのだろう。自分は今、何かを生み出しているだろうか。


 その時、自分の中で何かがストンと落ちた。無権者の上に胡座あぐらをかいていた自分にはきっと、対価として何らかの義務があると思う。覚悟があるかと言われれば嘘になるが、心のモヤを晴らす方法はきっと、これしかない。



 無権者が権利を得るための、たった1つの方法がある。

 ——それは、有志が無権者と契約をし、その直後に有志が命を断つこと。

 ごくりと唾を飲んでから、目の前の“メス”を見据えて、ゆっくりと言った。


「なぁ、良ければ…………俺の権利をやるよ」

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