#19 彼は演技派
ねぇ。帰宅してからまだ30分だよ? もう寝ちゃって。早いなぁ。
静かな呼吸と、わずかに上下する体。こちらを向いて眠る彼の端正な顔が、暗さに慣れた目に映る。
今日はお風呂にも入らず、そのままベッドに倒れ込んでしまっていた。相当疲れたんだね。
日付が変わりそうなタイミングで私の部屋になだれ込むあなた。文字通り倒れそうなあなたを、鍛えてなどいない腕で何とか支える私。
「今日は朝から会議続きだったの! ずーっと緊張しっぱなしだったんだ。ねえ、俺の事癒して?」
そう言って私を強く抱きしめるあなたが、愛しい。
気を揉んであなたの帰りを待って。そんなモヤモヤも、あなたを見ればどこかへ飛んでいくの。癒されてるのは私の方。今日は、抱きしめてくれる時間が短かったのがちょっぴり残念。明日の朝は、もっと長く抱きしめてね。
私はまだ、眠れない。ぼんやりとあなたの顔を眺めてから、窓に目を向けた。
ピコン。
あれ、あれってあなたが無造作に置いた鞄だよね? もう、疲れてると何も手につかないんだから。
何か光ってるよ。……あ、まさかスマホ充電し忘れてる? しょうがないなぁ。私がやっておくね。
光る物に向かって手を伸ばすと、それは何度も明るく輝いた。
<ねえしゅーちゃん>
<今日もっと長くいたかったのに>
<なんで帰っちゃうの? サナ悲しいよ>
<しゅーちゃんもサナのこと好きでしょ?>
<明日は朝までいてよ。またぎゅーってして!>
<大好き。おやすみ>
立て続けに来るメッセージ。相手は「サナたん」。
……へえ、びっくり。
あなたがスマホ2台持ってたなんて。このスマホ、見たことない。待ち受けが私との写真じゃない。見慣れないどこかの風景の写真。
ロックを解除したら、また違う写真が出てくるのかもしれないね。
あなたは無防備な姿で寝ている。愛するサナちゃんからメッセージが来てるのに。もう6件も溜まってるよ、とAIのごとくお知らせしたくなる。恋する女は、相手からの連絡が待ち遠しいものだから。
そっかぁ。抱き締める時間も、その先の時間も最近ないのは、サナちゃんで満足してたからなんだ。
その時、手にしていたスマホがけたたましく鳴った。
「地震です」
私のスマホ、ベッドサイドでちゃっかり充電されていた彼の“スマホその1”、そして手元の“スマホその2”が一斉に鳴る。
地震速報来たら、スマホ2台あるのバレるじゃない。恐らく会社用とか言ってごまかそうとしてたんだろうけど……思ったよりあなたバカね。
大きな地震は来なかったけど、あなたが目を覚ます。
「大きな地震来なくてよかったね、大丈夫?」って子犬みたいな目をして、私を抱き寄せるの。サナちゃんを抱いた腕で。そして私の顔を包み込む。サナちゃんに触れた手で。
お風呂上がりの私の体が汚されていく。あなたの爪や皮膚に付着したままのサナちゃんのDNAが、私の体にひっつく。私と彼女のDNAが結びついたところで、何も生まれやしない。
怖かったね、好きだよ、おやすみ、と言って再び横になろうとするあなたを私は呼び止めた。
ねえ、聞いて。私、あなたの特技を知ったの。
しゅーちゃんってなかなかの演技派なんだね。会議続きで疲れた、って倒れ込みそうな演技は、見事だったよ。お風呂まで入らずに寝ちゃって。
そう言って、私はスマホをあなたに向ける。
あなたは私が手にしたスマホを見て、飛び起きた。サナちゃんと何をして、疲れたのかしら。……お風呂は既に入ってるんだよねきっと。
しゅーちゃん、私の特技も教えてあげる。
え、何で首を振るの? 何が「違う」の? 何が「誤解」なの? とにかく、教えてあげるから聞いてよ。愛しのしゅーちゃん。
私、これだけはすごくうまくて、周囲から一目置かれてるの。だからあなたにも知って欲しい。
私の特技はね。
……
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