#4 12番は特別なんです
——名前はなんだ
「……しーくんです」
——本名を聞いているんだが
「だから、しーくんです」
——なんてこった……まぁいい。君がここに来るまでの経緯を話してくれないか
「そんなことより、何で、何で僕はこんな所にいるんですか。戻らなきゃ、早く戻らなきゃ……僕の月なのに」
——どこに戻るつもりだ
「ユリカ様の所に決まってる。僕の月なんだ。僕がユリカ様の所にいなければっ」
——なぁ、いい加減目を覚ませ。ユリカ様はお前のことなど何とも思っていない
「うるさい! ユリカ様は、ユリカ様はどこなんだっ! 僕は選ばれたんだ! ユリカ様にお会いしないと、ぼ、僕は……!」
——選ばれた? おいおい、笑わせてくれるな。おふざけはそこまでだ。佐伯ユリカはお前を含めた50人の男を誘拐して、5年間も自分の屋敷に幽閉していたんだぞ。立派な犯罪者だ。しかも、お前は50分の1に過ぎなかったんだよ。お前の他にも、佐伯に男がいたことは分かっているだろ?
「分かっていますよ。けど、僕達は特別だから。それに、僕達は誘拐なんてされていない。導かれたんです。ユリカ様に僕らは見出され、自分の意思と神の意思に従ってユリカ様の元へ」
——お前……思った以上にイカれてるな。いいか? 佐伯ユリカは前代未聞の誘拐犯だ。一度に50人の愛人を作ったとんでもねぇ女だ。瞬く間に誘拐されて閉じ込められたから、お前らの親が血眼になって探してたんだ。お前の家族は、分からないが……
「ふっ。ふふっ、ふはははっ」
——あ? 何が面白えんだ
「刑事さん、あなたは何も分かってない。……まぁそりゃそうか、あなた方は負けたんですもんね。選ばれていないんだから。悔しさを隠して、僕に強く当たっているんでしょう? 見てて情けないですよ」
——は? なわけねぇだろうが。何度も言うが、お前は50人のうちの1人に過ぎないんだ。俺は妻に1人の男として選ばれてるぞ
「違うってば。あなたの奥さんじゃあ話にならない。世界の全てはユリカ様です。僕達は35億人の男の中から選ばれたんですよ。35億から、ユリカ様によって、50が選ばれた。こんな名誉なことが他にありますか」
——チッ。お前、人の嫁をバカにしやがって……はぁ……通じねぇな、ったく。てかお前、何で名前がしーくんなんだよ
「僕は12番目だから。50人の中でもさらに特別なんです」
——特別?
「ええ。十二支だって、数ある動物の中から12種類が選ばれたんでしょう? それと同じですよ」
——どう特別なんだよ?
「僕達はユリカ様に、50音のあ、から、ん、までの名前を授かった。僕は12番目だから、しーくん。あっくんから、んーくんまでいるんですよ。そして12番までに入ると、その人達は1ヶ月間、ユリカ様の部屋で過ごすことが許されるんです。12月は僕の月。僕がユリカ様のすぐそばにいられる月。だから、帰らなくちゃ」
——お前の帰る場所は、ユリカ様の所じゃない。佐伯ユリカは姿を消した。だから、佐伯によって薬で眠らされていたお前達が見つかったんだ
「…………!! そ、そんなはずはない! ゆ、ユリカ様が消えるわけなんて、そんなはず……」
——あのなぁ、考えてみろ。本気でお前を特別扱いしたいなら、ユリカ様はなぜお前の月に失踪したんだ? 俺がユリカ様ならそんなことはしない。失踪するにしても、お前だけは連れて行くさ。……つまり、だ。お前は捨てられたんだ、ユリカ様に。もう特別でもなんでもない。お前ら50人は一斉に捨てられた。十二支だって、最後のイノシシは滑り込んだだけだ。結局お前も、ギリギリのラインだったんじゃねーか?
「そ、そんなバカな……。刑事さん、あまりに酷いこと言うなら、僕も黙っていませんよ? ユリカ様にはきっと、僕を連れて行けない事情があったんだ。必ず帰ってきて、ごめんねしーくんって言って、僕と一緒に過ごしてくれる」
<ドアが開き、刑事が呼び出される>
——おい。ユリカ様、見つかったってよ
「……え?! え?! ゆ、ユリカ様! 僕のユリカ様! 会わせてください! 無事ですか?!」
——あぁ、無事だ。……スペインのマフィアとの逢瀬を捕まったらしい。スペイン人の彼氏がいたってことだな。いいか? お前じゃなくて、ユリカ様はマフィアの男を選んだんだ。そりゃそうだよな、幽閉してたヒモより、財力のある犯罪者の方が当然魅力的だ。……お前は確実に、捨てられたんだよ
「…………そ、そそそ、そんな! な、なんで、だって、ぼ、僕は、はぁ、はぁ、僕は、ユリカ様と両想い、でっ! 想いあってて、だ、だから僕は、その、選ばれてて! じゅ、12番目は特別で! 捨てる、なんて、そ、そんな、はずは、はぁ、はぁ……か、返せ! し、しーくんのユリカ様、しーくんだけのユリカ様! しーくんだけの月! 選ばれししーくんの! しーくんの月! しーくんのユリカ様! しーくんはユリカ様! ユリカ様はしーくん! ゆ、ユリカ様をっ、返せ……返せ。返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せkae……」
——マジかよ、パニック起こしやがった……いい加減本名言えよ、おい。お前……名前はなんだ
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