#13 su amigos

「お嬢様、今よろしいでしょうか」


 ドアを3回ノックして尋ねると、少ししてから、「いいよ」という声が返ってきた。

 ガサガサと音がしていたのは、何かを片付けていたせいだろうか?


「お嬢様、ちょっと汗をかかれていませんか?」

「えっ?……そ、そんなことないよもうっ」


 まだ6歳のお嬢様——ユリカは、あどけない表情で執事の僕を見る。嘘は苦手なようで、素直に成長されていることに少しほっとする。


「そうですか? 慌てておられるように見えるのですが」

「あ、あわててなんかないってば! 何よもう」


 プリプリと怒るお嬢様が何とも可愛らしい。でも、からかうのはここまでにしておこう。


「汗をかいたままでいると、体が冷えて風邪を引いてしまいます。汗を拭うか、お着替えされるか、なさった方が良いですよ」

「あ、あぁ、そうゆうこと……なら早くそう言ってくれればいいのに」


 お嬢様は僕からタオルを受け取ると、悪戯っぽく耳元で囁いた。


「ユリカの宝物は、誰にも見られちゃいけないひみつのものなの。もちろん、城崎だって見ちゃダメだからね」

「承知いたしました。そうおっしゃるということは、このお部屋のどこかにお嬢様の宝物があるはずですが、私はそれを見てはならないのですね。だから今、お嬢様は慌てて宝物をお隠しになった、と」


 お嬢様はタオルで額を拭う手を止め、大きな目をさらに大きく見開いた。なんで分かるの?! と言わんばかりの大きな目。口も少し開いている。僕は堪えきれず、少し笑ってしまった。


「お嬢様の5倍くらい長く生きていれば、分かることも増えてゆくのですよ」


 ふーん、と言って、お嬢様は僕にタオルを渡す。ちょっと濡れたタオルを畳みながら、僕はお嬢様に尋ねた。


「小学校に入学されて、1ヶ月ほど経ちますが……楽しいですか?」

「え?」

「失礼ながら、私が校門で送迎させていただく時、お嬢様はいつもお一人なものですから……ご友人がいらっしゃるのか、心配で」


 お嬢様は僕をちらりと見て、すぐに微笑んだ。あどけないながらも美しいその笑みは、亡き奥様によく似ている。


「ユリカね、おべんきょうは楽しいけど、家の方が楽しいかな。みんな車で学校になんか来ないから。でも、ユリカには城崎とたからものがあるから大丈夫なの」


 ご主人の判断で、小学校は公立になった。違和感を持つのは当然のこと。

 僕がお嬢様の心の支えになっている、というのは執事冥利に尽きるが、同等に扱われている宝物の存在も非常に気になってしまった。学校で孤独なお嬢様を支える宝物……一体何なのだろう。

 いけないとは分かっていたが、僕はお嬢様がお風呂に行っている時に、再びドアを開けた。きっとぬいぐるみに紛れて保管されているはずだ。


 僕の勘は大正解で、秘密、とか、見てはダメとか言っていたくせに、ピンクの一際目立つ箱がベッドサイドに置かれていた。箱の側面には、ご丁寧に“たからものばこ”の文字。つくづく、純粋なお嬢様だと思う。そんな可愛らしいお嬢様にお仕えできて、幸せだと思う。

 僕は静かに箱を開けた。……金の時計や、十字架のネックレス。狼のシルエットが描かれた指輪。……もしかして、これらをお友達のぬいぐるみに着けて遊んでいる?

 “宝物”は全て男物の高価な品ばかりであった。なぜ、そんなものが6歳のお嬢様の手元に?




「あとは任せた」


 帰宅したご主人は、秘書にそう告げて、僕に「今戻ったよ」と声をかける。

 僕はあくまでお嬢様の専属執事なので、ご主人のことにはあまり関与しない。

 今日はいつもなら帰宅する曜日だが、「雨がひどいので泊まらせていただきます」と断りを入れた。ご主人はすんなり許可を下した。


 雨の止んだ午前0時。僕は微かな音で目が覚めた。

 キイ、と近くのドアの開閉音がした後、パタパタという音が細く聞こえる。

 僕は息を殺してその小さな影を追いかけた。……地下倉庫へと続く道。本来なら、ご主人と秘書と僕以外、知らない道。倉庫の中は、ご主人と秘書しか知らない。


「あっ! また増えてる……ふふっ」


 階段を降り、死角に隠れると、可愛らしい声がした。辺りは真っ暗闇だけれど、暗さに目が慣れてきたので、電気を付けなくても良いのかもしれない。

 ジャラジャラと音がして、お嬢様は静かに階段を上がって戻っていった。

 僕はお嬢様がいた場所に近づく。……そこには、力なく横たわった男達。

 彼らの首や指にあったであろう輝きが、消えていた。


 僕はうまく寝付けないまま、土曜日の朝を迎えた。

 お嬢様の“たからものばこ”には、新たなコレクションが収められているはずだ。




 彼女はきっと、父親を超える大物になるだろう。




 父親と秘書が人間の所有物を、“たからもの”にできる女なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る