#27 鶏が先か、卵が先か

 著作権。それは読んで字のごとく、著作物に付与される権利のことだ。

 自分のオリジナルなものを守ってくれる、クリエイティブな仕事をしている人々にとっては非常に大事な権利。


 例えば僕の親友、遼真りょうまの作った小説にはもちろん著作権がある。遼真の小説のアイデアは著作権で守られる対象にはならないけれど、彼の文章を丸パクリしたら著作権法違反だ。もちろん、僕は親友の作品を丸パクリするほど腐った人間ではない。

 ただ僕は、遼真に気がする。



 もともと遼真ではなくて、僕が小説家志望だった。でも僕はアイデアを文字にうまく起こせるような才能が本当になくて、かといってそのアイデアを音楽や絵画といった他の方法で表せるわけでもなくて、いつしか夢を諦めていた。

 何度か小説っぽいものを書いてみて、こっそりとコンテストに応募しようとしたこともある。でもペンネームを決めるのが恥ずかしくて、家族にも、親友の遼真にも小説を書いているということを明かせなかった。だから、小説を書こうと思ったきっかけのアイデアだって、誰にも話したことがない。結局小説も途中で書くのをやめ、データごと消してしまった。ノートにもPCにもアイデアの素案は残していなくて、僕の脳内だけで完結していた……はず、だった。


 僕らが大学生になった頃、急に遼真は小説家になりたいと言い出した。彼は作文で先生に褒められることがたまにあって、少なくとも僕よりは才能があった。僕は彼がどのくらい本気なのか、またどのくらい成功するのか分からなかったが、親友として応援することにした。


「これ、一応処女作なんだけど……どう?」


 小説家になりたい、と僕に言ってから約1ヶ月後には遼真は処女作を書き上げた。

 僕は読み進めるうちに、背中にヒヤリとした感覚を覚えていた。

 僕の処女作のアイデアが、使われていたのだ。

 おかしい。どう考えてもおかしい。僕は彼に対して、脳内のアイデアなんておくびにも出したことがないのに。

 でも僕のアイデアだよなんて、小説家を目指していたことを隠しているのだから、今更言えない。それにアイデア自体は著作権では守られないのだ。一部形にしていた部分も、データごと消去してしまった。僕には主張する権利がない。

 ここは、どう捉えれば良いのだろう。

 アイデアを盗まれた、と捉えるべきか? 僕のアイデアをうまく形にしてくれた、と捉えるべきか?

 僕は後者で捉えることにした。


「すごい。すごいよ遼真。面白いし、文も分かりやすいよ」


 彼の処女作はなんとコンテストで佳作に入り、小説家の夢が現実味を帯びてきた。


「どんどんアイデアが湧いてくるから、次も書き終えちゃった。読んでみてくれる?」


 嬉しそうな顔で、「やっぱり親友には1番に見せるべきだと思うんだ」なんて言って僕に見せてくる遼真の作品は、2作目も、3作目も僕が数年前に考えたアイデアだった。世界観のみならず、キャラの性格まで酷似している。……でも、これは著作権の侵害ではない。僕はアイデアを著作物にしていないのだから。

 遼真はあれよあれよという間に3作目で本格デビューが決まり、7作目で本屋大賞を取ってしまった。彼の著作は、全て僕のアイデアだった。

 僕のものなんだと言う勇気もなく、彼は人気作家の道を堂々と歩んでいく。



 それだけではない。彼と僕は誕生日が同じだ。身長も性格もほぼ同じで、好きな食べ物も嫌いな食べ物も、通った学校も習い事も全て同じだ。

 そして彼は、僕が好きになった女の子(遼真には隠していた)を次々と自分の彼女にした。きっと彼は僕の理想である、大学時代のあの女の子と結婚するだろう。そして、僕の理想と同じように、30歳で結婚して2児の父親になるに違いない。


「君の考えてることはね、手にとるように分かるんだ。君もそうでしょう?」


 以心伝心の極みだよね! と彼は昔から僕に言う。僕は曖昧に頷くけれど、僕は彼の心を読み取れない。なのに彼は掃除機のように、僕の思考を吸い取っていく。……きっと、悪気など1ミリもなく。

 彼が本屋大賞を取ってから、いよいよ危ないと思った。


 このままでは、


 僕に文才さえあれば、形にさえできていれば、遼真ではなく僕が脚光を浴びることができたはずなんだ。彼が僕の思考をコピーさえしなければ。

 僕に行動力さえあれば、すぐに口説くことさえできていれば、遼真ではなく僕があの子と付き合えたはずなんだ。彼が僕の想いをコピーさえしなければ。



 僕という存在に、著作権はあるのだろうか。

 僕という人間に、独自性はあるのだろうか。

 僕にオリジナリティがないのか? 僕の全てをコピーする遼真にオリジナリティがないのか?


 双子みたいだねと周囲から言われ続けた僕たちは、どこへ向かっていくのだろう。


 僕が小説にしようとしたアイデアは、あと1作分で尽きる。

 その後も彼は、小説を書き続けることができるだろうか。

 僕が彼の前から消えたら、彼は生きていけるのだろうか。



 僕の中にあると信じていたアイデアは、恋慕の情は、欲求は、意思は、本当は僕と遼真のどちらのものなのだろう? どちらが先に生み出したものなのだろう? もしかして、こんなこと絶対に考えたくないけど、ひょっとして、


 冷や汗が静かに背中を流れていく。

 そんなはずはない。僕を信じられるのは、僕しかいない。あいつが僕をコピーしているんだ。


 1つだけ、僕と彼で違う所がある。

 僕は親子丼を食べる時、鶏肉から食べる。遼真は卵から食べるのだ。


 鶏が先か、卵が先か。

 そんなジレンマの話を聞いたことがある。



 きっとぼくが先なんだ。あいつは後なんだ。



 きっとぼくが先。あいつは後…………。



 この思考は、一体誰のもの…………?

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