第23話 悪徳生徒会は新入りを可愛がっている場合ではない
「……おかしいな。包囲網に動きがねぇ」
生徒会室の監視モニターを見て、シュウがつぶやいた。ちなみに校舎外を監視できるようにしたのは、琴音の功績だ。校庭の木々に極小の監視カメラを括った矢を放ったのだった。
「シュウ君を部下にしたいとかで、待ってるんじゃないの?」
円卓についていた楓が小さく手を挙げた。
「そんな悠長な手、必要ねぇよ。ヤツなら力押しで、俺を捕らえられるし」
「あの勧誘は嘘ってことなの!?」
「まァ、嘘だと否定し切れねぇが、裏があるのが普通だな」
騙し合いを知らない楓は小首をかしげるが、雫は違った。
「――シュウはこの状況を、どう見るのかしら?」
「親父の遺言を万が一にも、俺ごと損失したくないって可能性はあるが……」
持っている情報の全ては直前の会議で説明してあるので、雫たちも軽くうなずく。
「だとしたら、あの襲撃と矛盾する。もしかして本当に俺を手懐けようとしてるンかもな」
「……その可能性、いくら賭けられる?」
「金賭けられるほど、買い被られてる自信はねぇよ」
不可解な状況に、雫と共にため息をつき合っていると。
「むぅ、話についていけないぞ」
唇を尖らせる日傘に、雫が微笑む。
「分からなくていいのよ、日傘。貴女は兵士、あたしが指差した奴を殴り倒せばいいの」
「――なるほどっ! 分かりやすいな! さすが雫だっ!」
「敵以外を倒したなら、私が貴女の背中を撃ちますが」
「……う、うむ、分かりやすくはあるぞ、琴音」
「も、もうっ! 暴力の前に、話し合わないとっ!」
「その通りだが、楓。私は話し合いが苦手なのだ……」
楓に窘められている日傘はしかし、その口元がゆるんでいる。きっと『普通に』というのが彼女には嬉しいのだろうと、シュウは口端を上げる。
(うし。思ったよか、琴音と揉めてねぇな。つか、もう悪徳生徒会に馴染んでンな、こいつ)
が、ニヤけている場合でもなかった。
(しかし、あのおっさんの意図が読めねぇな。二時間の猶予を与える理由はなんだったんだ?)
と思案しかけたシュウの肩になにかが乗った。一瞬、息を呑むが――その必要はなかった。
(この不吉なハトは姐さんの――)
いつの間にか肩に乗っていたのは、真っ黒なハトだった。姉貴分の風鈴の鬼道術、疑似生命体の伝書鳩――光学迷彩まで使えるこのハトは、きっと敵の目をすり抜けてきてくれたのだ。
「な――なに、そのカラス?」
「俺の後ろ盾からの情報だ。ちなみにハトな、コレ」
雫に言いつつ、シュウは羽の裏に貼り付けてあった手紙を開く。
【打ち合わせ通り、情報支援する。無論、キミの敵である久鬼征治朗の弱みだ】
全てを見透かすような姉貴分に口端を上げ、シュウは先へと目をやった。
【ヤツの弱みは、その悪事だ。ヤツは吸血鬼を秘密裏に捕虜とし、アンチ・ヴァンパイア・カンパニーの技術研究所に囲っている。対吸血鬼戦術の研究が狙いだろうが、違法行為だ。ヤツは吸血鬼討伐だけを国に任じられている。故に吸血鬼を束の間とて生かす権限はない】
征治朗の経歴や任務履歴(退魔士監視組織『公安』の内部資料)、技術研究所の所在地と内部情報も記載されていた。覚え込む。上がっていく口端が、次の一文を見たとき、止まった。
【念のため、教えておく。征治朗は日彰の鬼道術研究を奪った可能性がある】
急いで読み進める。
【私と征治朗と日彰の三人で組んでいたことがあった。昔、ヤツは私に言ったよ。『日彰の鬼道術の研究は吸血鬼を殺すために使える。否、そうあるべきだ』と】
背筋に寒気が走る。
(親父の研究って吸血鬼の人化(じんか)血清のコトだよな? その研究がなぜ、吸血鬼を殺すコトに使える? まさか血清は、ただ吸血鬼を人間にするだけじゃねぇのか?)
不安にせき立てられるように、読み進める。
【日彰の研究との関連性は不明だが、技術研究所で対吸血鬼戦術を一変させる試作兵器が完成との情報もある。なんでも鬼道術の戦略兵器化が目的らしいが、詳細は不明だ】
正体不明の焦りが、胸中にあふれる。だが続く一文で、焦燥に囚われることはなかった。
【ともかく生きて帰れよ、私に借金を完済するために】
さらに追記として、妹の手書きの一文があった。
【兄さんは思うままの誕生日を過ごしてください。それが、私からのプレゼントです】
自然と持ち上がる口端を、シュウは意識して止めた。妹や姉貴分の一文は嬉しかったが、この手紙はシュウの現実認識を揺さぶった。
(……嫌な流れを感じンなァ、イカサマ喰らってるみてぇな。や、ビビるにゃ早いか。敵の鬼道術の兵器ってのは確かめようがねぇ、とりあえず人化血清の情報だな)
壁に背を預けながら、シュウは座り込む。
「なぁ、悪徳生徒会の新入り」
「む、なんだ性悪先輩っ!」
日傘は怒ったような、嬉しいような複雑な顔をしている。なぜ怒っているのかはシュウには分からなかった。だが嬉しいのはきっと、生徒会の一員として呼ばれたからだろう。
だから、シュウは言えなかった。
「もうちょい悪口の練習でもしとけ、俺が親父の遺言を見てくる間にでもな」
「……むぅ、分かった。シュウをイラっとさせる悪態を、雫たちに習っておく」
こんなにも楽しそうな彼女に、言えるはずがなかった。
(もしかしたら、俺たちは負ける勝負に有り金――命を賭けてるみてぇだぞ、なんてよ)
その真偽を確かめるべく、シュウは目を閉じた。父親の遺言の続きを見るために。
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