第18話 天敵との会話はダルい
床に突き立てられた鉄棍に、シュウは緩んでいた口許を引き締める。
「脅迫のやり方は悪くないな」
注視していた鎧武者が面貌を外す。露わになった眼光は鋭くほの暗い。
「俺はこの籠城事件を仕切っている、|久鬼≪くき≫|征治郎≪せいじろう≫だ」
「ご丁寧にどうも。だが俺は自己紹介なんて聞い――」
シュウの言葉を押し潰すように、征治朗が告げた。
「貴様、俺の部下になれ」
「…………あぁッ? あんた、俺に脅されてんだけど?」
征治朗は一方的に口を開いてくる。
「退魔士の数は多くない。その命は吸血鬼を殺すための、貴重な弾丸だ。浪費は許されない。ゆえに俺の下につけ。退魔士の正しい生き方も死に方も与えてやる」
「……厳格なお父さんか、あんた。吸血鬼と組んでの金儲け――俺のめくるめく希望進路にケチつけんな。なおさら、吸血鬼と組んだ方がマシに思えてくるぜ」
「……一つ、聞かせろ」
征治朗の眼光に殺意が混ざった。
「なぜ退魔士でありながら古来からの人類の仇敵、吸血鬼に味方する?」
「いい加減に理解しようぜ? アンタ脅されてンだ、ちゃんとビビるのが礼儀だろ?」
「答えろ、なぜだ? 吸血鬼と組もうとする理由はなんだ?」
征治朗の声音に臆したわけではなかったが、
「……そいつを見てたら、思ったのさ」
日傘と目が合ってしまって、嘘をつけなくなった。
「吸血鬼とか退魔士とか悪名とか――他人に貼り付けられた|値札≪ねふだ≫なンて、どうでもいいってさ」
「――シュウ。キミは……」
彼女が言いかけたことは、その笑顔が示していた。彼女の笑顔だけで、自分の今の言葉には意味があったのだと、シュウは思う。
「答え、か。それが貴様の」
対して、征治朗は面貌を再装着した。
「桜塚の血……呪縛なのかもしれんな」
「おい、どういう意味――」
シュウの疑念を潰すように、征治朗が告げる。
「――最終勧告だ。貴様が|退魔士≪おれ≫ではなく吸血鬼と組み続けるならば、貴様の妹と母親を殺す」
頭の片隅で、シュウは姉貴分の情報を思い返す。
今夜の妹の誘拐を企てたのは、征治朗なのだと直感した。
「|嵐山≪あらしやま≫|風鈴≪ふうりん≫が警護しているから問題ない、か? まとめて始末するだけだ。間接的にでも吸血鬼の益になる人間は吸血鬼と同じ害悪だ。黒河雫、将門琴音、甘木楓の命も――」
「おい、俺は意外に短気だぜ?」
人間爆弾の解除符に、ジッポの炎を近づける――が。
「それは脅しになっていない。確かに退魔士の命は貴重だが、この吸血鬼と貴様を入手できるならば、部下の命は捨てるさ。退魔士――弾丸は敵を殺すために存在するのだからな」
「――――」
「これが脅迫だ、桜塚」
表情にこそ出さなかったが、シュウは悟った。
(駆け引きでも、俺は勝てねぇか……)
そう諦観へと心がかたむきかけるも、
「退くには早いぞ、シュウ」
タイミングの良い彼女の叱咤。なぜだか無性に心地よくて、口端を上げる。
(……はっ、勝てねぇって? だから、なんだよなァ?)
吸血鬼を殺す世界、吸血鬼の本能――勝ちようもないものに、彼女は挑み続けていた。
(なら、俺は――こいつの共犯者たる、この俺だって退けるかッ!)
彼女のこれまでの姿を思い返して戦意を取り戻すと、征治朗が再び口を開いた。
「……追加条件だ、桜塚。俺の部下となるならば、貴様がその吸血鬼を殺せ」
「はっ、なんだそりゃ? 俺はあんたの下になんぞ――」
「――二時間、猶予をやる。それまでに決めろ。吸血鬼の命で、皆の命が助かる」
「だから勝手に俺の進路を決めンなよ、これだからおっさんは気に入らねぇ」
「猶予を与えたのは無論、貴様への配慮ではない。俺の顔にも名前にも無反応だったお前はまだ、日彰の遺言を見ていないな?」
なぜか父親の幻覚を連想するが、シュウは顔には出さない。
「遺言を見られるのはお前だけだ。日彰が遺した鬼道術研究を理解して覚えろ」
征治郎が背を向けながら、続けた。
「そろそろ刻限だ。日彰の代わりに、俺から貴様の誕生日を祝っておく」
言い返そうと思ったが、シュウにはできなかった。目の前がかすむ。視界が|砂嵐≪すなあらし≫に塗り潰される。視界だけでなく、聴力にも雑音。なぜか、かすかに聞こえるのは逃げたはずの悪友たちと日傘の悲鳴。それらもあえなくノイズに呑み込まれていった。
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