第19話 クズな父親の遺言は、軽くて重い

 真夜中の海原に降り立ったと、シュウは思った。真っ黒なだけの異質の空間が眼前に広がっている。悪夢に似ている。が、現実感があった。

「久しぶりと言うべきだね、シュウ」

 そう言って唐突に、父親の日彰が正面に立ち現れた。

「……親父、」

 続けそうになるシュウを、父親は止めるように手を掲げた。

「お前の言葉、恨み言には答えられない。私が一方的に話す、いや、言い遺すだけさ」

「俺じゃなくてよ、母さんや小春になにか言ってやれや、クソ親父」

 なぜかタイミングよく苦笑を浮かべ、父親が口を開いた。

「私がお前たちにかけた多大な苦労。その恨みは、地獄で再会したときに拳で教えてくれ」

「任せな。母さんと小春じゃ、アンタがいる地獄には行けないだろうからな」

 と、父親はそれまでの沈痛な面持ちを一転させ、にへらと笑った。

「ま、もともと謝るつもりもないのだけどね~」

「……おい、相変わらず最低か」

「ほら、謝罪なんて結局、悪い奴しか救わないだろ? 私は救われたくないんだよ~」

 本当に一方的な――自分勝手さを悪びれもしない父親に、シュウは口端を上げる。そう、父親はこういうヤツだった。おそらく、自分と似ている。断固として認めたくないが。

 父親はやはり、自分勝手に解説し始めた。

「さて、本題を始めよう。この私はお前の脳に仕掛けた鬼道術、時限式の遺言だ。開封日時は今日、お前の十七の誕生日にしておいた。まぁ、親父からのサプライズプレゼントだと思ってくれ。こういう欧米人みたいなノリもいいだろう、キスはごめんだがね」

「遺言くらい、真面目に話せよ」

 数年ぶりの父親は生前のままで、シュウは舌を打った。

「で、だ。遺言で伝えるべきは一つ。鬼道術によって、私はあるモノを開発した。それは、吸血鬼を人間とする|人化≪じんか≫血清――|人魚姫≪マーメイド≫だ」

「――……!! おいおい、」

「けどね~私はその人化血清の試作品を奪われたあげく殺されちゃうんだよね。あ、犯人は私の同僚な? いやいや、参ったよ。片腕片足を潰されるまで、彼の裏切りに気づけなくてさ~」

「やけに軽いなァ、このおっさん」

「というわけで現在……シュウにしてみれば三年前か、私は半死半生でハイジャック逃走中。でも逃げるのは苦手でね、私は敗北するだろう。そして多くの人間と吸血鬼を死なせてしまう」

 苦しそうに、父親の顔は歪む。

「で、せめて息子に遺志を託そうと考えた。死に際に、この時限式な遺言……鬼道術を開発するという神業をやってのけてね」

 天才だろう? と日彰は笑う。

「……あれ? 殴れねぇぞ、首から下が動きゃしねぇ」

「しかしお前は私に似ず、凡才だ。あ、言い間違えちゃった。卑怯者……の雑魚だな、雑魚」

「おい、少しは息子に気を遣え」

「ただ雑魚だからできることもある。そいつがそいつだからこそ、できることがあるはずさ」

 子供のように無邪気に、父親は微笑んだ。

「ま、私がその人生で勝ち得た信条だな」

 父親はこういう奴だったと、シュウは再度噛み締める。いつも自分勝手に誰かを救うのだ。その誰というのが遠い異国だったり吸血鬼種族だったりするのが、身内としては迷惑だが。

「さて、シュウよ。遺言はここまでで半分だ。後半を受け取るかどうか、お前の意志に任せる」

「……?」

「というのもね、後半で語る人化血清のコトは世の中を揺るがす情報だ。冗談抜きで世界が敵になっても不思議じゃない。お前だけじゃなく……小春や母さんをも死なせるかもしれない」

「…………」

「誕生日の今日までに、決めるだけでいい。お前の意志により、遺言の後半が開封、あるいは破棄される仕組みだ。だから、今日を選んだ。お前の意志が育つまで待ちたかったんだ」

 背を向けて遠ざかる、父親が付け加えた。

「ま、私が父親らしいコトをしたかっただけなんだけどね」

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