第40話 敵の走馬灯は懺悔のように

 ――四度目の爆炎に、征治朗は意識までも焦がされていた。混濁する意識が視界を埋め尽くす炎の赤色に、遠い日の記憶を見ていた。

(この身を焼く|緋色≪ひいろ≫は――きっと、あの吸血鬼の、返り血だ)

 意識に浮かび上がる|昔日≪せきじつ≫の、久鬼家の屋敷。地下牢に囚われた吸血鬼の少女。

 なぜ囚われているのか、少年だった征治朗は考えもしなかった。

 祖父の目を盗んで、鉄格子越しの吸血鬼の少女に幾度か会っていた。彼女とのなんてことのない会話が、拷問みたいな退魔士の修練の苦痛を和らげた。

 ――彼女と同じ囚われの身だったからかもしれない。

 だから彼女を助けたいと思うまで、大して時間は要らなかった。

 そしてある日、実際に彼女を連れ出した。

 吸血鬼の彼女がそれでも、幸せに生きられる場所まで連れて行こうとしていた。

 吸血鬼にさえ優しい場所がどこかにあると、その頃は信じていたのだ。

 でも、気づくべきだったのだ。いつも施錠してある鉄格子の鍵が、その日に限って開けられていた意味を。彼女の瞳が紅く紅く染まりかけていたことの意味を。

 それらの意味に気づき始めたのは、彼女の手を取って屋敷を抜け出したときだ。

 彼女は血に飢えていた。狂っていた。いつか貴方と人間みたいに暮らしたいと言ってくれたその口で、こちらの首筋を喰おうとしてきたのだ。


――――気がつけば、彼女を殺していた。


 ずっと強制されてきた退魔士の|修練≪しゅうれん≫が、そうさせた。

 彼女が一瞬だけ|躊躇≪ためら≫ってくれたことが、そうさせたのだった。


『これで退魔士として一人前だ』


 いつの間にか、背後に立っていた祖父が告げた。全て気づいたのは、そのときだ。情の通った吸血鬼を殺すことも、久鬼家の『教育』だったのだ。

 その後の記憶は、曖昧だ。

 祖父に激高したのかどうか、もう思い出せない。

 あの少女の遺体がどうなったのかも、もう思い出せない。

 それどころか、彼女の名前さえ、もう思い出せないのだ。

 

 ……覚えているのは一つだけ。

 

 彼女の返り血のなかで、一つ決まったことがあったのだ。

「……あの血しぶきのなかで、」

 五度目の紅蓮の炎のなかでさえ、混濁した意識が口を動かす。

「あの返り血のなかで、今の俺が生まれた。産声のように繰り返した、全ての吸血鬼を、俺が根絶やしにすると。あの吸血鬼を殺した俺を、俺自身でさえやめることはできないと」

 自分に強いた生き様をつぶやくと、現実に意識が戻った。

 戦意が爆炎の苦痛をねじ伏せる。どう勝つべきか、思案する。三度目の爆炎で甲冑は全損した。続いた二度の爆炎が生身を灼いた。身体の修復を諦める。

(この爆炎が晴れるまでに、甲冑と鉄棍だけでも発現させる)

 腕に刻印された呪印が燐光を放つ。甲冑を力尽くで形成する。鉄棍を握りしめる。

(日彰、桜塚驟雨。吸血鬼を生かそうとする貴様らを、俺は容認してはならない)


 かつて自分が殺した吸血鬼のために。

 彼女の魂がせめて|退魔士≪じぶん≫を恨んでいられるように。

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