第39話 決戦、たぶん運命との
対峙した征治朗の姿に、シュウは刹那思う。
(終わらせようぜ、俺とアンタの面倒くせぇ宿縁を)
久鬼征治朗に奪われた父親の命と名誉。捏造された悪名に翻弄されてきた自分自身。守れなかった母親と、未だ守りきれていない妹。
(始めようぜ、決戦をッ!)
決するのは、吸血鬼と人間の未来。
「日傘ッ!」
勝ち取るのは、彼女と夢見た未来だ。
「赤い炎を放てッ!」
即座に、日傘が腕を振るった。紅い炎が疾走を開始。前方十メートルを一秒もかからず駆け抜ける。征治朗の大鎧に着弾、炎上。
それを視界の端で捉えて、戦闘思考を開始する。否、意識の奥底で既に巡らせていた。敵戦力は理解している。一度の敗戦で身体が覚えている。
だからこそずっと、勝利過程を思考し続けていたのだ。
(うし……日傘の炎でヤツの視界を塞いで)
熱波による汗を拭って、シュウは振り返って呪符を投擲。
背後――降りてきた階段口に呪符が張り付く。
次いで、拳銃を構える。
(ヤツの足を削る……ッ!)
征治朗の脚甲へと全弾叩き込んだ。
これで吸血鬼並の治癒能力とはいえ、時間は稼げるはずだ。
「……シュウ」
と、炎を放ち続ける彼女が問うてきた。
「どうして、後ろに呪符を?」
「敵の増援に備えるためだッ!」
わざと大声を上げる。
「し、慎重だな……ここに来るまでに、あらかた敵を倒したはず――」
彼女の言葉を遮るように、シュウはさらに大声を上げる。
「悪かったな、おれはチキン野郎でッ!」
眉をひそめる彼女に、
「聞け、日傘」
今度は声を潜めて、考え続けていた戦術を伝える。
「む、わたしに演技など……」
「できるって、悪徳生徒会の演劇を思い出せ」
「おぉ、シュウのように顔を引きつらせれば良いのか」
「うるせぇよ、間違ってねぇトコが特に」
口端を上げながら、叫ぶ。
「日傘、行けッ!」
「初めて突撃を許されたな」
銀色の炎を手に纏わせ、彼女が駆け出す。
形成された長剣が、既に迫っていた征治朗の鉄棍を受ける。響く剣戟音。飛び散る火花。すぐに始まる剣と鉄棍の|数合≪すうごう≫もの激突。
六メートル前方に勃発(ぼっぱつ)した戦場へと、シュウは呪符を投擲しようとして。
「この吸血鬼を信頼し過ぎた」
彼女の向こうで、征治朗が低く笑う。
「吸血鬼ごときでは、俺を止められんッ!」
繰り出された鉄棍の薙ぎ払い。
「う……ぬぅッ!」
長剣が鉄棍を受け、軋みを上げる。折れはしない。だががしかし、彼女自身が弾き飛ばされてしまう。
「日傘ッ!」
シュウが手を伸ばすも、間に合わない。
吹っ飛ばされた彼女の身体は、横合いを通過していった。
後ろを振り返る余裕など、ない。
「死にかけの吸血鬼より、貴様からだ」
迫ってきた征治朗は既に、鉄棍を突き出している……っ!
「ぐっッ!」
横に転がり、逃れる。
だが、脇腹に掠ってしまう。
上着に仕舞っていた大量の呪符が飛散する。
「罠がなければこんなものか」
飛散した呪符を踏みしめ、征治朗が|諸手突≪もろてつ≫きを放った。
その風圧でさえ、服がはためく。
鉄棍が砲弾の如く腹と内臓を吹き飛ばす――その前に。
「――いい噛ませ犬っぷりだったぜ、日傘」
肩の上を通過する、後方からの銀色の鎖。
鎖の先端にあるのは、気球で見た|錨≪いかり≫ではなく――|大盾≪おおたて≫だ。
「うんっ! シュウというやられ役を見ていたからなっ!」
後方から響く彼女の声と共に鉄鎖がひらめく。
シュウの眼前で、大盾の鏃型の下端が床に突き立った。
「――な、」
征治朗の驚愕の声音と共に、鉄棍が大盾に直撃。
轟音が響く――それでも彼女の盾は砕けない。
衝撃は殺し切れないだろうが、シュウとしては望むところ。
「惜しかったな、征治朗サンよ」
盾の裏側を、当てていた足裏で蹴りつける。やはり盾は衝撃が減退させている。足の骨が軋むも、折れはしない。鉄棍の衝撃力に乗っての後方宙返りで一気に後退。
三メートルの後方への跳躍、その着地をシュウの身体能力ではできなかったから、
「――お帰り、シュウ」
大盾が消失させた彼女が、両腕で抱き止めてくれた。
「おう、ナイスキャッチだぜ」
そう呟きながら、シュウはジッポを取り出す。
「俺は確かに罠がなけりゃ弱いぜ、なければなァ!」
征治朗の足下には飛散した――いや、バラまいた大量の呪符がある。
そう、征治朗にシュウと日傘が倒されかけていたのは全て、布石。
征治朗の周囲に呪符を仕掛けるための、布石だったのだ。
日傘との前衛後衛の入れ替えも、シュウがやられかけたのも、征治朗に布石を気づかせないためだったのだ。
「桜塚……ッ!」
呪符が燐光を放ち、立体呪印陣が征治朗を取り囲む。瞬時に発現する爆炎結界。攻性結界内を吹き荒れる閃光と衝撃、巻き上がる粉塵。
しかし、これで終わらない。
「俺は親父とは違うからさァ――」
さきほど焼き払った解除符の数は五枚。
「あんたが倒れるまで、きっちり付き合ってやるッ!」
先の攻性結界を新たな立体呪印陣が上塗る。瞬く間に形成される次なる攻性結界。第二撃目の爆炎が征治朗を追撃する。
――攻性結界の多重|発現≪はつげん≫。
同じ戦域に攻性結界を連続展開する切り札。
征治郎の再生能力を凌駕するための、シュウの奥の手だった。
「そろそろ、わたしを褒めてもよいのだぞ?」
彼女がこちらを受け止めてくれていた腕を解いた。
「だな、やられ役も銀の炎の狙いとタイミングも完璧だった。正直、助かったぜ」
「む、ぬぅ? シュウにそうも素直に感謝されると、少し困った気分になるぞ」
「おうよ、新たな嫌がらせだ」
「……うん、今のは聞かなかったことにしよう」
銀色の炎で片手用の小盾と長剣を形成しながら、彼女が前衛として立つ。その背中は頼もしく、命を預けられる仲間だと実感できる。
(……日傘)
すれ違うときに見えてしまった、彼女の横顔。
その瞳からは血が伝っていた。
もう、時間はない。
(あとは、俺に任せとけッ!)
多重結界最後の立体呪印陣が形成される。魂の損耗がついに身体へ。口元から血が滴る。拭わない。構わない。中断はあり得ない。ただただ、咆吼する。
「コレで決まれェッ!」
魂を焦がし、五度目の爆炎が吹き荒れた。
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