第38話 望んでいない待ち合わせ

 エルベーターの扉が開き、退魔士たちが呪印の刻印された小銃を一斉に向ける。だがエルベーター内は無人。代わりにあるのは、幾つもの手榴弾。

「は、嵌めら――」

 退魔士の叫びを、手榴弾の爆発音が掻き消す。爆風と破片に、退魔士たちが為すすべなく倒れされた。

 爆心地であるエルベーターの天井を蹴破って、

「あと二階だな」

 拳銃を構えたシュウが降り立つ。

「うん、シュウの悪知恵も捨てたものではないな」

 上階から垂れ下がっていた銀色の鉄鎖を消し、日傘が隣に降り立つ。彼女の両足はもう再生が終わっている。しかしやはり甲一号ウイルスの影響なのか、口数が少なくなっている。

 それでも、彼女との進撃は理想的な奇襲だった。突入時の屋上の破壊音にひかれて集結する退魔士たちと行き違いになるように、エルベーターの縦穴を利用したのだ。

「あの扉の向こうに地下に降りられる階段がある」

 姉貴分の手紙にあったビルの構造図を思い返しながら、シュウは十メートル前方の鉄扉を指さす。この第四技研は侵入者対策で地下へと至る内部構造が複雑になっている。エレベーターが地下に直通していないことも、その一例だ。

「心得た、わたしが先陣を務めよう」

 銀の炎で長剣と、片手用の円盾を形成した日傘。盾を形成したのはおそらく、シュウを守るためでもあるのだろう。

「お前の背中は、俺に任せろ」

 うなずき合って、彼女と共に駆け出す。またたく間に、鉄扉にまで到達。躊躇することなく、彼女は長剣を一閃。並びに鉄扉の残骸を蹴り飛ばす。

「――シュウっ!」

 彼女の肩越しに見えるのは、小隊規模の敵。

 幅三メートルの下り階段の先の踊り場を塞ぐように、横列を組み始めている。

「止まるなっ! 俺を気にせず先行しろっ!」

 応答するように、彼女が駆け下りる。同時、横隊が発砲。小盾に火花を散らせながら、彼女が階段を蹴る。壁、手すりを蹴りつけてのアクロバットで、彼女は照準を絞らせずに接敵。

 着地しざまに、彼女が二人切り伏せた。

 横隊に穴を穿たれた、敵の狼狽。

 それをつけ狙うのは、

「いい暴れっぷりだったぜ、日傘」

 こっそりと彼女に続いていたシュウだ。

 彼女が斬り拓いた横隊の間隙を、呪符をまき散らして疾走。

 すれ違いざま、敵の驚愕を聞く。

「この呪符は攻性――!?」

「正解は身をもって知ってくれ」

 中空にある呪符の一枚――解除符に、シュウは斬りつけるようにジッポの炎を奔らせる。

 発現する紫電結界。

 閃光が壁に、横隊が崩れ落ちる影絵を映し出す。

 その戦果を目端に止めながら、シュウは叫ぶ。

「止まるなッ、日傘ッ!」

 階下へ続く階段の途中で、こちらを待っていた日傘に告げる。

「むぅ、相手の親切心を必ず台無しにするな……シュウめっ」

 悪態をつく彼女の背中が階段を駆け下り、次なる踊り場に出た。

「この踊り場を抜けると、このビルの地下に降りる通路に出るッ!」

 シュウが言ったとおりに、彼女の背中が踊り場を抜けて幅五メートルほどの廊下に出た。廊下の両端を薄暗い非常灯が列を成している。

「で、あれが地下への扉だッ!」

 通路の二十メートルほど先にあるのは、傍らにカードリーダーを備えた巨大な鉄扉。地下への物資搬出用のエレベーターの入り口だ。通路よりも明度の高い照明に照らされている。

「うん、扉の破壊は任せてくれッ!」

 鉄扉に向かって、彼女が疾走する。敵影はない。もはや鉄扉しか阻むものは無い。走り抜けるのみだと、彼女と共に加速する。

 だというのに、少し、彼女の背中が揺れた。

(……ああ、そっか)

 気づく――彼女の背中と足跡を血が飾り始めている。

 戦闘の負傷や敵の返り血ではない。前者ならば再生するだろうし、後者ならば血痕が薄れていくはずだ。血の痕が段々と濃くなっていくなど、あり得ない。

(甲一号ウイルスの、制限時間に近づいてるってわけだな)

 それでも、彼女の背中は力強く前に進んでいく。

 雫たちを救う、甲一号ワクチンを求めて。

 吸血鬼とその犠牲者さえ救う、人化血清を求めて。

(なら――)

 ――ならば、彼女と共に駆け抜けるだけだ。

 彼女と夢見た世界まで、駆け抜けるだけだ。

「もう少しだぜ、日傘!」

「案ずるなッ、わたしはまだ走れる!」

 声を掛け合い、鉄扉まで十メートルに迫ったとき。

 ――轟音と衝撃。

 吹き荒れる瓦礫と砂塵。

 発生源は鉄扉の直上、天井に穿たれた大穴だ。

「――、」

 彼女と共に伏せていた身体を起こし、シュウは舌打ち混じりに告げておく。

「……間に合って良かったな、征治朗サンよ」

 大鎧を纏った征治朗が天井から降り立ち、鉄棍を構えた。

「貴様の軽口に付き合う義理はない」

 最後の最後まで立ち塞がるのは、この男なのだと。

「見事にフラれたな、シュウ」

 肩を並べた日傘と共に、シュウは口端を上げた。

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